BLG:2012-9-15--;;
Two Fanaticism
さきほど、KGBの携帯にDCのアホ娘からメールあり、
DCやNYでも反日デモがあるから早めに帰るとのこと。
DCに研修に来ている外務省の友人から電話連絡があったらしい。
新聞にも出ていたが、NY Timesは中国寄りというので、別のオンラインニュースを探ってみた。
そこには、酷い、あまりにも残虐な映像が報道されていた。
The Washington Post は伝える;
Suicide blast kills 10 near Kabul’s airport in Afghanistan
http://www.washingtonpost.com/world/suicide-blast-kills-12-near-kabuls-airport-in-afghanistan/2012/09/18/14f05668-014d-11e2-b257-e1c2b3548a4a_story.html
そして
Tokyo 'must realize this is serious'
http://chinawatch.washingtonpost.com/2012/09/tokyo-must-realize-this-is-serious.php
”Fanaticism"は一方通行の「破壊」の繰り返しで、多くの若者の理性を排除せ、「憎しみ」という「悪魔」を吹き込んでいる。
私のような偏屈も、理想を求める若者も、その本質はエゴまみれで、直面する世の不条理には、誰しもふと悪魔の声が囁く。
ゲーテのファウストの1節を思い起こす;
「時よ止まれ、お前はあまりに美しい」
誰の心にも住みついている悪魔
だからこそ、 We must do realize what is going on.
2012-09-18 23:31:34| カテゴリなし |コメント(0)|トラックバック(0)
Callygraphy, Shuji(習字)
ちょっと季節外れであるが、中学校の頃に最初に習った詩を思い出している;
春眠不覺曉 處處聞啼鳥 夜来風雨聲 花落知多少
こうした漢詩漢文は、当時のわたしにとって、好悪が複雑に絡まった不思議な存在であった。
昨今の中国との軋轢をみるにつけ、かの国の文化をもっと知るべきだと思っている。漢詩はひとつの方法かもしれない。
無様に馬齢を重ねるにつれ、俳句のすばらしさに気づき、矢立を見つけてきて習字のつもりで漢詩をいくつか模写してきた。
習字は、何故か好きな授業だった。
私よりひとつ下の従姉妹が県のナントカ賞を貰ったというので、ちょっと頑張ったが、大分下の特選止まりだったので、止めてしまった。というよりも下記理由にて。
習字の先生はK先生。鬼瓦を潰した様なお世辞にもいい顔とはいえない風貌だったが、以外に人気があった。
K先生は、授業中に生徒の席を中堅ヤクザのようにフラフラ回り、ブツブツ云いながら生徒の背中を小突いたり、頭に拳骨でグリグリ押し付けたりと、型破りの先生だった。困ったことに野球部の監督だったから、練習時の延長みたいに、前日のドジに文句を云われ本日の予定を伝えながら離れざまにボカンと殴られていた。
中学生のガキでも惚れ惚れするような素晴らしい字を書いていた。書初め用のでかい筆しか使わなかったので、普段使う細筆までには何故か習う機会がなく、歳月が流れた。
大酒のみで、さらに困ったことは英語も教えていた。でかいドラ声で、いい加減な発音・イントネーションで教えられた英語は、高校の授業で米国帰りのW先生によって大きく軌道修正された。
でも私は何故か、颯爽として超合理的のW先生よりも、無様な田舎教師のK先生のほうが好きだった。
筆を執ると、K先生のダミ声が聞こえてくる、「おい、カズ。背中を伸ばせ」。
私の猫背は、残念ながら変わっていない。
今朝のラジオは「北海道の赤ひげ先生と言われて(1)」
浜中町立診療所・名誉所長 道下俊一医師
道下先生は樺太生まれで、終戦後引き揚げて北大に入り、第2内科(日赤系)の教授のひとことでキリタップへ派遣された。札幌から10時間、電車に揺られて8500人にたった一人の医師、新婚の奥さんに文句云われながら赴任。着いたのはペンキの剥げかかったオンボロ平屋建て。
翌日午前は来院ゼロ。午後にやっと一人の老婆がやってきて
「どうせすぐ札幌へ帰るだろうけど、背中が痒くて眠れないから、、、」といわれた。来院数名の日々が続き、ネクタイを外して地元民と近づこうと試みる。
往診に行くにも車なく、救急車が導入されたのはS48年?
吹雪の日は、湯たんぽを抱いて毛布を数枚巻いて走って往診した。そして一年たって札幌に戻れる頃、患者さんの涙をみてNoと言えなくなった。携帯電話もない時代、ないからかえっていいことも。
カルテの裏側をみる、問診を十分して聴診器を当てろと若い医師に伝える。今は3時間待って3分診療の時代
浜中町ってどこだかわからないので地図を広げてみた。釧路から東へ向かうと歯舞色丹の根室に行くが、その中間にある。
Wikipedia によると、「太平洋に面し、浜中湾、霧多布湾を形成。
北部の内陸部では酪農が盛ん、南部の海岸地帯では漁業(昆布、ホッキなど)が盛んである。特に、天然昆布の生産量は日本一を誇る。」
けふの誕生花はゲンノショウコ
現に証拠と薬草、私みたいなヤブにかかるより、これを飲んだほうがよさそう。
花言葉は「心の強さ」
けふの一句;「着陸を 待つ空港の 星月夜」 岡安仁義
成田空港で亡き妻を想う句とのこと、季語は星月夜
2012-09-18 05:01:30| カテゴリなし |コメント(0)|トラックバック(0)
Respect-for-the Aged Day
敬老の日、いつも寝ぼすけのKGBが5時頃モソモソ起きてきた。
6時22分初発の新幹線に乗るため、顔にベタベタナンカ得体の知れないものを塗りたくっている。私は執事みたいなもんで、お湯を沸かして、紅茶を淹れ、冷蔵庫から野菜果物味噌ヨーグルト、卵などを出しておいた。パンが冷凍のままだったので、慌てて解凍、久しぶりに並んで朝食を摂った。
新横浜経由で八王子へ連行される。私は、例のごとく荷物持ちで、乗り換えの度に無様に付いて行く。
車内の電光ニュースをみると、敬老の日で65歳以上は3074万人とのこと。KGBも今年から仲間入り、そのことに触れたら突如逆鱗に触れ、しばらく無言行。
到着駅からはバスに揺られて、とあるお寺に着く。蒸し暑く、お供え物を持ってセカセカ歩かされると汗が止め処もなく流れる。
けふ供養させていただいたのは、私の生家の西隣に住んでいたJさんとその弟さん。
Jさんは、私の父方祖父の従兄弟の子。子供に恵まれず、弟さんの娘を養子にしていた。
寡黙、温厚な人で、ガキの私に竹とんぼや小さな電池モーターを作ってくれた。禄にお礼もいえなかった愚かな私、20年ほど前に亡くなったときも葬儀に行かなかった。
そのことを詫びるような気持ちで手を合わせると、不思議と気持ちが楽になった。
私はへそ曲がりだから、「敬老の日」だからといって、お祝い云々に抵抗を感じている。
だから、改まって米寿の母に電話もしない。KGBはこっそり、鹿児島と長野に電話、私は知らん顔。
TVでは中国の騒動が毎日報道されている。
「半日」だけかと思いきや、もう何日になるだろうか。
5%の「愛国教育世代」の暴走で、95%は冷静?との報道もあるが、何の根拠もない。
私がガキの頃、「アンポ・ハンターイ」と日本中で大騒動があった。
普段は大人しかった近所のにいちゃんたちが、目を爛々とさせて東京へ乗り込むと息巻いていたのを思い出す。残念ながら、それを諌めるオトナ、老人はいなかったようだ。
今思うと、たぶん戦前の価値観が否定されていたため、自信がなかっただろうか。
そのにいちゃん達は、もうりっぱなお年寄りになっている。
お年寄りをチヤホヤさせる人気取りの政治家が多すぎる。
選挙対策としか見えず、税金の無駄遣いに他ならない。
お年よりは、もっと情報を発信すべきだと思う。
若かりし頃の愚行、失敗談など、それは後輩にとても参考になるから。
ドジな私は、この分野なら人様に負けない。
2012-09-17 20:20:46| カテゴリなし |コメント(0)|トラックバック(0)
Digging the earth (2)
「信は縦糸、愛は横糸」と唱え通訳の結婚お祝いのアルバムに毛筆で認(したた)めた岡崎嘉平太氏、学生時代に中国からの留学生と親しくなりなるも、ある日突然帰国、引き裂かれた友情が原点という。
5年前の再放映; https://www.nhk.or.jp/special/onair/070319.html
岡崎嘉平太氏は岡山県賀陽郡大和村(現・吉備中央町)生まれ
日中戦争下の1939年上海に華興商業銀行を設立して理事となり、中華民国維新政府統治下の上海へ赴任。終戦で日本に引き上げ、国交断絶時にも中国と貿易 (Wikipedia)
岡崎構想を実行に移そうとするが、ネックはお役所。外務省はやはり、突っぱね、通産省が話を聞いてくれ
1962年の貿易協定に漕ぎ着け、周恩来首相と初めて会う。
そこで周恩来は戦争について言う
確かに日本に怨みがないとはいえない
しかし、日中には2000年の友好の歴史あり、わずか10数年のことでいがみ合うことがあってはならない。
どう考えますかと突然質問された岡崎氏は、刎頚の交わりの故事を取り上げ
これを機会に親交を深める。ひとつ年上の岡崎氏を兄と呼ぶ仲にまでなった。
5年間の期限切れ迫る 佐藤政権の台湾訪問で悪化した両国
苦労して 覚書貿易協定
ニクソン訪中で潮目が変わる
佐藤政権から、田中内閣へ
驚いたことに、調印式に岡崎氏の名前がなかった
そのことを指摘したのがなんと周恩来、すぐさま日本へ電話。
電話を受けた岡崎氏は「恐縮です、恐縮」と ゆっくり2回呟いたとのkと
1972年9月29日の調印式の2日前に岡崎氏を手厚く迎えた周恩来首相と会見
戦争賠償金請求を却下した、周恩来
101回の中国訪問、
中国のような暖かい国を知るには100回だけでは足りない、
素直な時期若い人ほどお互いの交流すべきと活動。
その数ヵ月後、自宅の階段からの転落事故で92歳の生涯を閉じた
14年前(19年前)から交流している周恩来の生家のある市と姉妹都市を結ぶ
周恩来の生家の井戸で水を飲む日本と中国の若者が写されていた。
2012-09-17 05:45:59| カテゴリなし |コメント(0)|トラックバック(0)
Digging the earth
命を守る防潮林、防風林、各地に残る鎮守の森
今朝のラジオは、昨日に続き
中国は万里の長城建設で森林が破壊されていた
北京政府関係者に招かれ、「蒙古ナラ」の植樹を提案
当初は不可能と云われたが、1本だけ残っていたた「蒙古ナラ」の情報を得て
そのドングリを毎年数万個集めて、発芽させた
気を植えることは心を植える、勇気を植えること
瓦礫を深く掘って有機物を混ぜての作業は、汗まみれと笑顔
たくさんの若者が日本からも参加した
20年間で100万本を植樹した。
豪州やマレーシア、タイでも植樹活動、
息をする土地、有機物としてその土地の木々を焼かずに混ぜる
本来、その土地に君臨した木を選んで行う
土地を深く掘って、一番底に土と混ぜながら瓦礫を埋め
土を盛り上げてマウンドをつくる「宮脇メソッド」
根は息をしている、きわめて自然な方法
酸素の入る隙間を作るため、コンクリートが入ってもかまわない
今度の大震災で出た大量の瓦礫の処理にも使える
どうして、全国各地に炭酸ガスを増やすようなことをするのだろうか
ところが、日本の硬直した官僚システムが提案を阻んでいる
口で言っても木を植えなければ先へ進めない、
女性の力、こどもの力も親から子へと生きていく知恵を伝えていく
未来のために、木を植えることは、何よりも「こころを植える」こと
悲しいことに中国では連日異様な動きが続く;
「井戸掘った人忘れない」の心は失われたか パナソニックなど日系企業襲う中国暴徒
http://sankei.jp.msn.com/west/west_economy/news/120916/wec12091619080001-n1.htm
昨日のTVでも再放送があった「井戸を掘った人を忘れない」
この続きはメモが、、、、、あとで別に入力する
けふの誕生花は「ツユクサ」、ツユクサ科
花言葉は「尊敬」、「懐かしい関係」
朝露に輝くツユクサ、これが食べられるとのこと
夏の七草として、ほかにヒユ、スベリヒユ、アカザ、シロツメクサ、イノコズチ、ヒメジオン
アカザは大きくなると軽くて丈夫な杖になるという。
けふの一句は「流木に敬老の日の父母憩ふ」 関森勝夫
2012-09-17 04:33:04| カテゴリなし |コメント(0)|トラックバック(0)
Enjoy or Escape from Freedom
自由人は楽しい―モーツァルトからケストナーまで (NHKライブラリー)
.先日、例の如くいいかげんに選んだ一冊がこの本。
2005年と、ちと古いかもしれないが、まず、表紙のイラストが気に入った。
頭に猫を乗せたMozartが特徴的で、上からゲーテ、グリム兄弟、木馬に乗ったシュリーマン。
ドイツの偉人9人を生年順に並べ、各々の人生を描きながら、当時の歴史的背景から筆者の評論が展開する。最後のケストナー以外は私にはおなじみというか身近かに感じられる人であり、楽しく読むことができた。(途中で、KGBに横取りされて、一週間以上行方不明となるも無事発見。)
ちなみに、グリム兄弟は2人と数えるので、次の8項目というべきか;
1、モーツァルト
2、ゲーテ
3、ロートシルト(ロスチャイルド)
4、グリム兄弟
5、シュリーマン
6、トーマス・マン
7、ヘルマン・ヘッセ
8、ケストナー
まず、「自由人」とは何だろう?
学生の頃、読んだ(英語のテキストで渋々読んだ)「自由からの逃走」エーリッヒ・フロムを思い出す。けれども、とっくに忘れているから、人様のコメントを借用;
中世の人間は、「教会」や「階級」と、堅い絆で結ばれていました。資本主義の発展は、中世社会と封建制を崩壊に導きます。人間は、都市や階級、教会から解き放たれました。人間は、「自由」を手にしました。商売をはじめて独立してもいいし、資本を蓄えて別の都市で新たな生活を築くこともできるようになりました。しかし、「自由」を手にした人間は、同時に、今までつながれていた絆がもたらす「安心感」を失いました。「自由」を手にした人間たちは、孤独と不安に直面します。「自由のために進む」のか、「自由から逃避する」のかが、近代人の歴史そのもの
http://www5b.biglobe.ne.jp/~michimar/kaiga/015.html
すなわち、上記の9人は、歴史的にもちょうど「自由」に躍動、啓蒙し、ナチスなどの支配体制からの迫害を受けていたと思われる。
私のドイツへの憧れは、小学校2年の頃読んだ本。ゲーテの多分、「イタリア紀行」の一部だったような気がする。音楽の時間に「魔王」を聴き、さらに同じ名前のW.A.Mozartの曲に触れ、グリム兄弟の童話、、、と拡大。中学の頃、「古代への情熱」シュリーマンの伝記を読み、少し飛んでから、ヘッセ、マンの作品のあらかたは読んだ。
とにかく、この本でちょっとだけ、気になったのはシュリーマンの章。
彼が幕末の日本を短期間だが旅行しているが、絹の取引で八王子へ行く途中、保土ヶ谷での事件に興味深い記載がある。
「横浜で聞いたところによると、百姓が一人、おそらく家茂のお通りを知らなかったらしく、行列の先頭のほんの数歩手前を横断しようとしたそうである。怒った下士官が、彼を切り捨てるように部下の一人に命じた。ところが部下は命令に従うのをためらい、激怒した下士官は部下の脳天を割り、次に百姓を殺した。まさにその時、さらに高位の上級士官が現れたが、彼は事の次第を確かめるや、先の下士官を気が狂っているときめつけ、銃剣で一突きするように命じた。」(石井和子訳)
江戸時代は、戦争のない世界でも希な驚異的ともいえる時代だった。
自由のない市民と封建制度、身分制度などを否定するガクシャさんも多いが、シュリーマンの見方は違った。社会秩序を守る江戸幕府の優れたシステムをそこに認めている。すなわち、サムライは生命を賭して主君の名誉、社会秩序維持に努め、その結果についても責任が問われる。今の世なら、マスコミががなりたて、検事・弁護士・裁判官が不毛の時間を浪費するだろう。
ヘッセ、マンについては、もっと書きたいことがあるけど、年で息切れ、、、
2012-09-16 12:15:12| 読書 |コメント(3)|トラックバック(0)
コメント
ああ、この本私も読みたくなりました。
なじみ深い本の内容はすっかり、山の彼方です。
厚いグリム童話は、依然として、ベッドの脇に置いてありますが。結構残酷な内容ですね。
まだ完読していません。
子供用童話は時々本屋で立ち読みします。
ヘッセ、今なら少しは分かるでしょうか?もう一度振り返ってみましょうか?
投稿者:ハイジ - 2012-09-16 16:56:29
コメントいただき、ありがとうございます。
私がヘッセに惹かれたのは、学生時代の単なる感傷だったのだろうか、とふと考えてみました。
当時の親友のご両親は敬虔なカトリック、テニスを通じて鎌倉の神父さんと話す機会が度々あって、遠藤周作、曽野綾子作品など手当たりしだい読んでみました。
日本の作家がキリスト教の呪縛ともいえる影響から、結局は抜け出せなかったのに対し、晩年のヘッセは東洋の未知の宗教にかなりの興味を膨らませていたと思われます。でも、その背景には育った家庭環境、特に母親の影響が大きかったのかと考えてます。
遥か昔のこと、若かりし頃の気概を振り返るのは、痴呆防止に多少は役立つかも
と「自由気ままに」楽しんでみました。
投稿者:Dad Koala - 2012-09-16 20:54:07
さっそく、自由人~「00ゾン」に申し込んでしまいました。
いつ届くかな?(*^_^*)
投稿者:ハイジ - 2012-09-16 22:09:56
Chinese watcher
大型台風の接近で、かのお国の船はどうなったんだろうか
それに、Mr.Xがどうなったのかとヤジウマ根性で覗くと
お元気そうな写真、左手は?まあ、大丈夫でしょうか
週に一度くらいは新聞をチェックしてみると、かのお国の考えも多少わかる。
「人民網日本語版」2012年9月5日;「ホテルに見る日本のおもてなしの心」
日本のホテルには、公式のランク付けシステムはなく、知名度や歴史が評判につながる場合が多い。しかし、日本のホテルが最も人を魅了するポイントは、行き届いたおもてなしの心と各ゲストに特化したサービスにある。
http://j.people.com.cn/94475/7936142.html
「人民網日本語版」2012年8月30日;「日本人、「物」より「心の豊かさ」を重視 世論調査」
「心の豊かさを重視する」と答えた日本人が最も多く64%を占め、「物質的な豊かさを重視する」とした人の約2倍に上った。
さらに;
内閣府の担当者によると、昨年3月11日の東日本大震災以降、人と人との絆や家族関係を重視する人がますます増えているという。「震災後、節電に努めるようになった」と答えた人の割合は56.1%。また、「災害に備える必要性を感じている」人は48.2%と、前回より3.3ポイント増加した。
http://j.people.com.cn/94475/7930562.html
「人民網日本語版」2012年8月24日;「日本は一体どこへ向かおうとしているのか?」
日本が近年中国への敵意に溢れている根本的原因が、米国が大々的に進める「戦略のアジアシフト」にあることは火を見るより明らかだ。中国の台頭という現実を前に、米国は喜べず、落ち着けず、満足できずにいる。
ふむふむ、、
日本政府は中国の牽制と封じ込めが米国の「戦略のアジアシフト」の核心であり、米国の「アジア回帰」戦略への支持と参画は日本にとって中国の発展を抑え込み、軍事力を大々的に発展させ、再びテイクオフを果たす契機になるかもしれないと見ている。
http://j.people.com.cn/94474/7921962.html
「失望の3年間」とは民主政権への某誌のコメントは。
私はハゲ各誌にと、ぼーしをかぶる。
2012-09-16 12:00:39| カテゴリなし |コメント(1)|トラックバック(0)
コメント
西宮中国大使の死因について、ニホンもかのお国同様に情報閉鎖。
隠された情報に、疑惑が湧くのは悲しい凡人の性(さが)。
今のセーケンは、国際情報を全く理解しようとしない、できない存在。
投稿者:Dad Koala - 2012-09-16 21:18:53
As you like it
夕べ、田舎から野菜が届く。
米寿を過ぎた母が、趣味と称して作っているネギやジャガイモがどっさり入っている。
宅急便の配達員は、何回言っても宅配ボックスに入れてくれず、メールボックスに伝票を入れていく。やむなく電話すると、20時近くの夕飯時にアンちゃんが届けてくれる。
田舎に電話すると、変わりない母の声がする。手短に近況を伺い、安心したかのように気ぜわしく切る。
注射、病院嫌いで過ごしてきた母。口には出さないが、お前んとこみたいなヤブにはお世話になりたくないと、曲がった腰で畑に出かけている。
遥か昔の高校時代。大嫌いだった田んぼ畑仕事をサボって、クラブ活動などで遊びほーけていた。高1の秋に見た英語劇「真夏の夜の夢」が、なんとなく気にいって英語班(何故か班と呼ばれていた)の扉を叩く。
豚もおだてりゃ木に登る。
いきなりシェークスピアの全集から、来年の劇台本を作れといわれ、選んだの”As you like it"。まーどーにでもなれ、とヤケになっていたかもしない。
どういうわけか、田舎の高校に分厚い全集が鎮座していて、恐る恐る開いてみた。
読んでみたら、みたこともない単語がゴロゴロ。日本の江戸時代初期の文献をみるようなもので、変てこなスペル古語もあったが、辞書を引くのメンドーで、いい加減に引用していった。
当時は、ワープロなんてしゃれたものはなく、英語の研究室から重たいタイプライターを借りてきてひと月以上かけて打ち込んだ。
苦労した割には、上演後の評判が悪く(当たり前だが、私本人にも内容把握できていないのだから)、次年は伝統を止めて、ガラーっと変わった”Snow White”。
ギャグも少し入れたせいか今度の脚本は面白く書けて、上演後の評判もまずまずだった。
高3秋からは受験勉強に打ち込むハズだったが、生来のイイカゲンさはどうしようもなく、ギターや写真にウツツをぬかし、、、、。かくして年月は流れた。
今朝のラジオは
「ガレキの跡地に鎮守の森を作ろう(1)」 横浜国立大学名誉教授 宮脇 昭さん
まず、ジャワの津波の経験から始まり、今度の大震災について語る。
無残な白砂青松。見かけだけを優先した、浅はかな知識が3.11悲劇をもたらした。
残った一本松については、松だけ植えたから他の木と混ぜて植えることを薦める。
現在は不十分な科学技術を妄信、見えるお金や数字だけで堤防などを作ってきたことを批判。
自然にとって一番悪いのは人間。
ニンゲンは地球の寄生虫の立場、正しい生態学環境学を得る必要がある
わたしはまだ84歳、あと少なくとも2-30年、120歳までは生きられるから
日本の国土、海岸、世界を守るために頑張りたいと語る。
点から線、まず出きるところから。今から命を守る森作り、「平成の森作り」活動。
母や宮脇教授からみれば、私はまだガキ以下。
と、けふ日曜もオシゴトの用意。まーイイカゲンだから、苦労とは思わない。
けふの誕生花は;アキノタムラソウ、しそ科
タムラソウはキク科、タムラとは紫が多いとの説も
花言葉は「自然のままのあなたが好き」
けふの一句は;
「シラカバの 幽(かすか)に霧の ゆく音か」
ご存知水原秋櫻子作、上高地で詠んだとのこと
2012-09-16 04:51:16| カテゴリなし |コメント(0)|トラックバック(0)
Stay foolish,,,,
若者、バカ者、よそ者 イノベーションは彼らから始まる! (PHP新書)
.先日、タイトルに惹かれて手に取った一冊。
昨今の閉塞感について、何か示唆があると思い仕事の合間に読んでみた。
次の5章からなる;
1、なぜ、いまイノベーションが必要なのか
2、次の世界をつくるのはいつも”若者”
3、既成概念を壊す”バカ者”が必要な理由
4、新しい見方を醸成する”よそ者”を活用せよ
5、過去の成功体験を捨てよ!
既成概念の脱却、イノベーションがキーワード
まず、米国での国別特許シェア(2011年)のグラフがある。
それによると、米国48.4%、日本は20.6%とかなりいい線をいっている。
3位の韓国は5.5%、以下ドイツ5.3%、台湾3.9%。
それなのに、ナゼ競争力を失いつつあるのだろうか。
けふの新聞にも出ていたが、世界の携帯電話シェア(2012年第1四半期)は、次のとおり;
サムスン21%、ノキア20%、アップル8%、、、、ニホンメーカー今いずこ。
先日のアップル逆襲で、どうせまた変わっていくだろうが、日本の技術はまだ捨てたものではないことがわかる。
第2章では、「ソニーの失敗」を取り上げている。
それは「よそ者」の導入が上手くいかなかったケースとして紹介されている。
「若者はバカ者、よーく似てまだtすねー」とは、高校時代の英語教師の口癖だった。
バカ者とは、チャレンジし続ける人のこと
第3章で、ニトリとユニクロを取り上げている。
「企業のカルチャーを変えて、イノベーションを起こすためにはどうしたいいか」
の質問に
「もっとも手っ取り早いのは人を変えること、今までとは違った人が必要」
自前の技術力にあぐらをかきすぎたメーカーと、
戦略思想なき指導者が(「失われた20年」をつくり、それは我々一般市民にも責任があるだろう。
かつてわが国は「1億総中流」をめざしていた。
TVが出始めた私がガキの頃、「1億総白痴化」と警鐘を鳴らした先人がいた。
横並び、KYに過剰な気遣いを要する現代、
わが禿げ頭のボケ予防に、じっくり読み直したい一冊。
2012-09-15 16:03:27| 読書 |コメント(0)|トラックバック(0)
Two Japanese pitchers
ちょっと遅めの昼休み、元気の出るニュースを探すと
Darvish 15 wins, 200 Ks; Texas wins 9-3 over M's
With 205 strikeouts, Darvish is the first rookie over 200 since Daisuke Matsuzaka struck out 201 batters for Boston in 2007. He is the 16th rookie, sixth in the American League, with 200 strikeouts
http://www.mercurynews.com/breaking-news/ci_21548527/darvish-15-wins-200-ks-texas-wins-9
対戦相手は、イチローが抜けて若返ったマリナーズ。フクザツな心境。
Iwakumaは夢を捨てない素晴らしい投手だが、相手が悪かった。
”pitch”ってけっこう面白い言葉で、
"pitching" とは船が風雨に、、、、。
”pitch in”は「熱心にやる」
"pitch into"は「激しく打ってかかる」
ピッチャーとは「水差し」の意味?
"pitch upon"は「選ぶ」「決める」で、
ちょうどわが国もトーシュセン。
2012-09-15 13:49:08| カテゴリなし |コメント(2)|トラックバック(1)
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思わず豪州への船旅で、pitching (縦揺れ)、rolling(横揺れ)それにyawing(左右に交互に揺れる)に悩まされた三週間を思い出しました。
投稿者:natto9 - 2012-09-15 21:05:54
私は信州のヤマザル、海には憧れあるも、船は苦手。
でも飛行機で離陸する時の高揚感は、病み付きになりそうなほど。
あ、それから、昔から授業中などで船を漕ぐのは得意です。
投稿者:Dad Koala - 2012-09-16 05:28:30
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