BLG:2012-10-1--;;
Viva ズボラ人間
「片づけなくてもいい!」技術 (宝島社新書)
.いつもKGBに怒られてばかりいるソレガシ
人様には私の机の上は「ゴミ置き場」のように見えるらしいが、それは主観の相違である。
どこに何を置いたか、座ったままで手を伸ばせば直ぐに調べる事が出来るよう「整理」しているツモリだが、、、。
いつも文句ばかり言われていると、積もり積もったウラミは、、、、??
そこで見つけた本書;久々に大満足の本、超オススメです。
「片付けなくてもいい」技術 辰巳渚さんの著書。
単純が大好き私はタイトルを見ただけで手にした。
この本の特徴は次の「13の法則」にある。
1、人は壁があると物を置きたくなる
2、人は上があると物を置きたくなる
3、人は椅子があるとひっかけたくなる
4、人は見えないところにしまったものは忘れる
5、人は3つまでしか分類できない
6、人は出ている物を使いたがる
7、人は住まいに穴倉を作りたがる
8、人は手ぶらでいたい
9、人は箱の魅力から逃れられない
10、人は同じ形や色の物がいくつかると並べたくなる
11、 人は隙間があると物を詰めたくなる
12、 人は自分の片付けはしても他人の片づけはしたくない
13、 人は少しずつ荒れていく部屋は気にならない
興味深いのは5番目の「人は3つまでしか分類できない」
我が家にも、冷蔵庫がある。予算とスペースの関係でひとつしかないので、共同利用となる。夕飯の時間はKGB様、朝はオニの寝ているスキに私がゴソゴソ探し出して朝飯を作っている。ジュース、ギューニュー、卵は場所が決まっているからいいのだが、その他の野菜果物、味噌、ヨーグルトなどはメチャメチャ。両開きの代物で、「カン」を働かせてどちらかを開く、「当たり・外れ」で、時間の浪費となる。
筆者は述べている;「夫と妻の分け方が違うのは当たり前」
机を買う場合も、引き出しが4つ以上のものは買ってはならないと。
6番目は「出す」と「出ている」の違い。
前者は、「隠してあるものを使うために外に出す」
後者は、「ものがすぐに使える状態」
筆者はいう、「人は常に、あるは無意識に、怠け者で余計なことをしたがらない」
9番目は「箱」について、定義として、「いいもの」が入っている器、「空気を入れておく器」
うーん、実に鋭い指摘だ。
気に入った教訓を下記に記す;
自分を見つめるつもりがない人に幸せは来ない
自分自身と向き合うことだけは怠けてはいけない
100%満足という目標達成(だけ)が人生ではない
「こうありたい」と願いつつ、目の前の日々をなんとかかんとか生きていく
そのプロセスこそが人生だろう
2012-10-28 10:34:59| カテゴリなし |コメント(2)|トラックバック(0)
コメント
Dad Koalaさん、この本の内容は非常に納得いたしました。
私の部屋の小さな机の上には、手の範囲に届くようにと本を置いております。
しかしこれは他人がみたら、単に積み上げているとしか思わないだろう思います。
人は三つしか分類できないというのも、たしかにそうだと思いました。
仕事でも、3つくらいの日常業務以上すると、忙しいと感じるのではないかと
思っています。興味の深い本を紹介していただきありがとうございます。 Bozo
投稿者:Bozo - 2012-10-28 22:41:21
Bozoさん コメントありがとうございます。
先日書籍を減らそうと思ってKoboをゲットしましたが、やはり紙の本がパラパラと読みやすいですね。
投稿者:Dad Koala - 2012-10-29 08:09:59
本当の感動とは何か
拍手しすぎる日本人 行列してまで食べないフランス人 (講談社プラスアルファ新書)
.着たきりスズメの学生時代、インスタントラーメン主体の食生活で、映画・音楽に明け暮れしていた。上野文化会館のレコード鑑賞会、絵画展、無料の演奏会があれば、時間の許す限り出かけていった。
ウン十年後、ベルリンの街をぶらついてたらブランデンブルグ門から西のところに音楽堂が目に入った。ヤジ馬根性で行ってみたら、かなり安い金額なのに驚いた。中に入ろうとしたら、丁度開演時間でタイミング悪し。体のデッカイおっさんに体よく断られてしまった。もう一組の、オノボリサン風の夫婦と肩をすくめてボヤいてた。
この本は次の5章からなる;
1、不思議だらけの日本公演
2、”芸術貧民”の日本人
3、「感動をありがとう」は恥ずかしい
4、バレエがもたらした「本物の感動」
5、大人になりたくない日本人
まず、「甘く見られた日本の観客」、「夏の来日公演は“出稼ぎ”?」
「やらせの多い”ブラボー!”」と、ニホンの現状を憂いてる。
その後、「批判記事を書かせないメディア」云々から、「感動」とは何かについて論じ
最後の章で「江戸の民衆のほうが鑑賞上手」と述べている。
筆者はバレエ・ダンサー。ベルギーで生まれ育ち、小学校4年で日本に帰ってきたとのこと。そのときの「驚き」を率直に書いている。
「意見がないのは、いないのと同じ」という社会と、「まあまあ」「どっちでもいい」と自分の意見を抑えて「和」を大切にする社会の相違点。
上っ面の感動、横並びの拍手に疑問をもち、「本物の感動」に出会うための考えが示されている。
「本物」とは何か。
私は、その昔、Sweden、Goeteborg で偶然目にした初期ピカソの傑作"Acrobatt Family"を思い出す。頭の奥から腹、そして膝にまで染み渡るような「感動」があった。
2012-10-27 08:29:38| カテゴリなし |コメント(0)|トラックバック(0)
コミュニケーションとジョーゲカンケイ
「上から目線」の時代 (講談社現代新書)
.昨夕、この文章を書いたツモリだったが、今朝気がついたら全てオジャン。
気を取り直して、再度書く。まーいつもKGBにシイタゲラレテいるから、このくらいはなんのその。
コミュニケーション、人との距離のとり方がむつかしい時代とされる現在。
いつまで続くヌカルミぞ、盛る門の労務二位さんに揶揄された日本。
先の見えない閉塞間が漂い、3.11やら四流政治で格差拡大、ギスギスした世の中になっている。
”KYニンゲン”が話題となった頃、著者は「関係の空気」 「場の空気」を上梓した。
本書は次の8章からなる;
第一章 それは『バカの壁』から始まった
第二章 政治の混乱と「上から目線」の登場
第三章 日常生活の中の「上から目線」
第四章 価値観対立と「目線」
第五章 「コミュニケーション不全」と「目線」
第六章 日本語の特質と「上から目線」
第七章 対等であればつながれる
第八章 「上から目線」時代のコミュニケーション
イントロは「上から目線」なる言葉の出目。すぐに忘れられてしまう「流行語」とは異なって「重苦しい」語感がある。当初は、ビジネス社会での「お客様目線」が尊重されるようになり、それが、教師・医師などの専門職にまで拡大されていった経過が書かれている。
すなわち、「生徒の目線」、「患者さん目線」が取り上げられ、サービス精神を
八章にて、コミュニケーションの具体例を提案している。まずは上下関係を安定高揚させる時代背景が汲み取れる。
だがその結果は、「オレ様化するこども」や様々な「モンスター」が跋扈する時代となった。マスコミは挙って、「権利意識」の台頭を謳い、学級崩壊、医療崩壊へと推移した。
筆者は第四章で「価値観対立」をあげている。
「アカシンゴウ ミンナで渡れば」の歪な平等教育は、異質な考えを排除してきた。
本来、誰でも個性があって、私みたいに性格の悪いもの、KGBのようにもっと悪いもの、山中教授みたいに謙虚な人、様々だ。人それぞれ「価値観」が異なるのは当たり前、それを無視する時代がもたらした結果だと、私は愚考する。
したがって、次の章で「コミュニケーション不全」が出てくる。
そこで登場するのが第六章、「日本語の特質」。ずばり、「上下関係」を意識する言語と規定(?)している。
通常の日本語会話には、実は「対等な会話」というのはない。
敬語と上下関係でダメを押している。
ではどうしたらいいのか、
筆者は二段構えの対処を述べている。
まず、(タテマエとして)「人と人との対等」を心に深く刻み込むこと、
そして、「あなたが態度を引く」
すなわち、お互いの価値感が対立しそうになったとき議論を止める。
会議などを「まとめる」必要がある場合には、「あなた自身」が下手に出ること。
こうした「不要なコンフリクト」、「上下関係の闘争」を避ける、と述べている。
先日、オバマ、ロムニーの討論の一部を見たが、相手の言葉尻を掴むゲームでちょっと失望した。かの国では”ディ米と”なる授業が低学年から行われているらしく、専門家の学会でも、ピントはずれの討論がシバシバみられる。
日本では、玉虫色の表現が多くて、有用性には程遠い論議が多すぎるけど、、、、
それをカバーするのが、「まあまあ主義」、赤チョーチンやら、エンカイでの”ノミニケーション”がその存在感を発揮している。
2012-10-26 06:07:23| カテゴリなし |コメント(0)|トラックバック(0)
Why can’t the young get their act together?
けふは比較的duty少なく、雑誌の原稿書き済ませてオフィスに戻ったときのこと、
「石原都知事辞任」の報に接した。
何故この時期にと考えたが、あの不甲斐ない○○ムスコに呆れ果てたのか、ノラリクラリ「どじょう」にしびれを切らしたのか。80歳という年齢にもかかわらず「決断」したことに、私は偉いと思ふ。
早速、中国・韓国の政府、メディアが喚きだしているが、アメちゃんとこはどうだろうか。
面白いのはそれぞれトップ紙面でのタイトル;
”Shintaro Ishihara, brash Tokyo governor, quits, launches national party”
”Tokyo’s Firebrand Governor Quits to Form New National Party”
前者はワシントンポスト、後者はNYタイムス。
意外なことに、ワシントンポストは冷ややかなコメント。http://www.washingtonpost.com/world/brash-tokyo-governor-quits-launches-national-party/2012/10/25/aa8911b4-1e8b-11e2-8817-41b9a7aaabc7_story.html?hpid=z4
片やNY Timesは,いつmと違う好意的な、というか石原知事の生の声を正直に伝えている。(よくみたら、日本人の記事だった)
“I’m 80 years old, and I ask myself: Why does it have to be me? Why can’t the young get their act together?” Mr. Ishihara said. “But if Japan keeps going like this, it will sink into a pit and die,” he said.
“While I still have life, I’d like to offer my last service to this country,”
http://www.nytimes.com/2012/10/26/world/asia/tokyos-governor-quits-to-form-new-national-party.html?hp
2012-10-25 22:59:29| カテゴリなし |コメント(0)|トラックバック(0)
Hilary Clinton came to GU
今朝、DCのアホ娘から久しぶりにメールがあった。
何事かと思いきや、”Clinton in GU Speech: Energy Diplomacy Crucial for America
”
http://www.georgetown.edu/news/hillary-clinton-energy-speech.html
Hilary登場に、学生らは大騒ぎ。学長がjokeとも皮肉ともいえないイントロで、Hilaryはとてもわかりやすく語り始めた。
驚いたことに、メモなしで延々と1時間ほど語り続ける抜群のスピーチ力。聴衆をひきつけるしゃべり方は、流石に超一流弁護士の経歴に嘘はなし。
だが、悲しいかなアホ娘。親譲りの要領の悪さで、ラボから出られなかったらしい。直接の上司は親が病気で中国へ、ラボのボスはヨーロッパ講演でいつ戻るかわからない。歩いて5分の講堂へは、とうとう行けなかったとのこと。
2012-10-19 20:26:38| カテゴリなし |コメント(0)|トラックバック(0)
「専門家」の限界
オレ様化する子どもたち (中公新書ラクレ)
.読めば読むほど分からなくなる、そんな感じの本。
以前から「学級崩壊」やら、「荒れる教室」が騒がれていたけど、他人事だとおもっていた。だが、最近、あまりにも「ワガママ」なガキども、そして輪をかけてヒドイ親たちが増えるにつけ、私みたいなモーロクでも何かオカシイと気になってきた。
先日、ふとこの書を見つけてページを括ってみた。
そして、靄の中から探し物をするような気分になった。
著者は長いこと教師を務めた背景があるらしい。
だからこそ、いい面と悪い面があると私は考える。
「多くのこどもを見てきた」と書いているが、そもそもどこを見て来たのだろうか。
視点が、私とは異なるし、恐らく他の人とも大きく違うだろうから
他の評論家を俎上に上げての批判には、正直驚いた。
私は「はじめに」を読んで、違和感を感じたが、本文に進むとそれは増大していった。
「生徒は教師と対等だと思っている」?
なるほど、これが答えのひとつだろうか。
「対等な関係」はありえない。
親と子、友人、夫婦であっても、微妙なバランスで成り立つ。
卑近な例では、KGBとの関係も、もとは赤の他人。
何故かわからないけど、ウン十年ドーキョし、昨夜もお小遣いのことで恒例のバトル、、。
口論では負けると分かっているから、シゴトで示す戦略。テキも負けじと、、、。
オトナはこどもに教育する義務がある。
私みたいなアホが、曲がりなりにも仕事ができるのは、親や近所の人たち、学校の先生たち、諸先輩・同僚・後輩たちのおかげ。毎日のように怒鳴られ蹴飛ばされてきた修行時代の教育があったからだと感謝している。
研究会や学会が氾濫している現在、
ご自分は「専門家」と自認している大先生は、掃いて捨てるほど増えてきた。
TVにもコメンテーターと称する、肩書きがゴチャゴチャのお人がよく登場する。
私は性格が悪いので、常に根拠と背景を考える。
お料理も、いい材料なら普通の調理でおいしく食べられるが、
この著者は、それぞれの材料の本来もつ味を損なうように感じる。
私は、とてもそんな「自信」などないから、「自分の力量を考えて」謙虚に自分の役割を務める。
私は、会合前の時間にこれを読んでいい経験をした。
これぞ、反面教師。
2012-10-17 07:29:49| カテゴリなし |コメント(0)|トラックバック(0)
日本社会の病巣本質
決断できない日本 (文春新書)
.前々から読もうと思って、どこかにしまいこんでいたこの本。
どこからか出てきて読み始めた。
「沖縄はゆすりの名人」騒動とマスコミの問題
特に、嵌められたと主張する大手通信社の記者について記述されている。
わたしは、特にマスコミ嫌いのせいもあるが、氏の主張は十分根拠があって、説得力がある思う。
奇しくも辞表を叩きつけて会見に臨むその日が3.11だったとは。
「トモダチ作戦」の舞台裏については、本書をよんでほしい。
いかに、当時の日本トップがダメ人間、クズの塊であったかよくわかる。
氏の生い立ちは叩き上げ。東部のお坊ちゃまとはまるで違う背景。
特に日本西南端のオエライさんは、日本語がもしわかるなら一読していただきたい。
2012-10-15 06:00:42| カテゴリなし |コメント(0)|トラックバック(0)
バカのひとつ覚え;11月号
文藝春秋 2012年 11月号 [雑誌]
.テキKGBは昨日、バカのひとつ覚えでこの本をゲットしてきた。
昼休みなどに、拾い読みして、私の気にいた記事は以下の通り;
残念ながら目玉の特集「ナントカの衝突」は期待はずれ
1,「危機を好機に 日本人へ」 塩野七生
2,「安倍新総裁は失敗に学んだのか」 赤坂太郎
3,特集;英”エコノミスト”誌が分析した 2050年の日本 では下記のセクション;
日本企業は3.11で甦る カイゼンから創造的破壊へ
4,「少子化 超高齢化社会の楽観シナリオ」 藻谷浩介
5,「最高の日本人大リーガーは誰か」 鷲田 康
ヤンキースの黒田投手に対する評価が高い。
「彼は自分をストイックにコントロールできる」
「マウンドの黒田は人が変わる。特にピンチではただならぬ集中力を発揮してピッチングも変わるんだ。、、、、」
「彼はどんな場面、状況でも野球に対するアプローチは変わらない。いつもどんな結果が出るかではなく、どんなことをしなければならないかを考えてプレーしている。良い結果でも、悪いときでも、全く変わらない」。
プロ、一流の人はどの分野でも同じ、陛下をオペした天野教授も。
「苦痛がヤンキースの黒田を作り上げた」
そこでは日本独特の野球文化が紹介されている
2012-10-11 12:09:38| 読書 |コメント(2)|トラックバック(0)
コメント
バカの一つ覚え・・・ですか、私もこの雑誌を買います。特に何も読む本がなかったり、長期で海外へ出るときは私にとって「癒し」と「知識の源」を与えてくれる貴重な教科書です。
Dad Koala さんのブログも、私にとっては貴重な教科書です。
投稿者:natto9 - 2012-10-12 20:32:20
natto9さん、
わたしは、祖父も父親もこの雑誌を読んでいたので、「バカの一つ覚え」で続けてきました。
そう「知識の源」でもあり、代々の連載小説の作者には、ただただため息が出るばかりです。
あ、それから、何ですが、先日から別のサイトでブログを書いていますので;
http://blogs.yahoo.co.jp/u_bon515/7357083.html
投稿者:Dad Koala - 2012-10-16 13:59:24
Too late prize and I was so much inspired by his comments "Gratitude"
いいかげんに待たされて、伸びきったお蕎麦のような感じだったが、
車中でこの朗報を携帯のネットニュースで知った時は小躍りして、危うくパクついていたお弁当を膝から落としそうになった。
http://plaza.rakuten.co.jp/dadkoala/diary/201210090000/
それにしても、やっと、もう4-5年経ったのかと感慨深い。
平成19年11月にiPS細胞の報道があったとき、私は興奮のあまり当時Pullmannの山奥にいたアホ娘に電話した。
私が一番感動したのは次のコメント;
「感謝」
4-5年前は研究費がなくて、「あちらさんはスタミナドリンク、こっちは水を飲んで、、、、」
とコメントしたように、お国の研究費は微々たるものだった。
マスコミにせっつかれて少しは増えたようだが、今年の2月にマラソンに出てまで研究費を集めているようじゃ、「日本の恥」だとどこかに書いた。
山中教授は秘書から電話連絡を受けたという。
っということはやっと専属秘書がついたのだろう。
米国・カナダではボードを取ると秘書がつくという。
秘書は学会の手配や移動の予約、他大学などとの連絡事務を担当してくれる。
セクションも少し大きくなると、いやほとんどそうだろうが、チーフセクレタリーがいて、主任教授よりも威張ったいそうな感じだった。
ボスに連絡とっても、それはセクレタリー誰々に聞いてくれと要領を得ない。
むかしの大学ではこうしたエラーイ秘書はいなかったように記憶している。
雑用しなくてすむから、研究に打ち込めるのは羨ましい。
と脱線してきた、、、
「感謝」に戻る;
山中教授は、支援してくれた「国」に先ずお礼を述べた。私みたいなヒネクレモンは吃驚した。お金のことで、どんなに日本の学者が苦労しているのか、多少は知っているから。
そして、80歳を超えた母に対しても、受賞の穂国ができたと喜ぶ山中教授。
Opが下手で(これは失礼)良かった。Opで助けられるのは、せいぜい年間数百人だけ。
それが、研究によって少なくとも数万人は恩恵を受けるだろう。
アップルvsサムスン対決でみるように、一部というか多くの分野では特許云々でマスコミは大喜び。
医学研究は、本来はこれらとは無縁の存在であるべきだ。
一部もベンチャー企業は特許、特許で明け暮れている。
山中教授はノウハウを全て公開し、世界中と共同研究している。
私は、昔米国で新しい術式を、どこの馬の骨かわからんような輩にも電話一本で見学させてくれたことを思い出す。日本でも、予め了承を得れば誰でも見学できる。医学とはそんなもの。特許で金儲けをする発想は、どこからくるのだろうか、、、
平成19年のことを思い出して、それから月日が流れ、DCに辿り着いた娘。
昨日久々に電話したら、相変わらず極楽トンボ、HPVに関する日本の情報を伝えたら、以外にも、というか勉強不足、無知なので失望。ノーベル賞は今年こそ間違いないだろうと話したら、その通りになった。
祝杯を挙げたかったが、生憎レーゾコにビールが無い??
KGBが私の留守中に飲んじゃった!
2012-10-09 07:29:41| カテゴリなし |コメント(0)|トラックバック(0)
下駄はビッコで着物はボロで
山岡鉄舟 幕末・維新の仕事人 (光文社新書)
.「下駄はビッコで着物はボロで 心錦の」とうたわれた山岡鉄太郎こと鉄舟。
私が縁あってこの地に辿り着き、幾星霜。ふと、読む気になったのは、ほんの気まぐれだった。
山岡鉄太郎に関する書は数多あるようだが、他は読んだことがないので比較はできないが、砂地に水が滲み込んでいくような感じのする書であった。
この本は四つの章からなる
1、江戸の危機を救った男
2、ボロ鉄の剣と禅
3、徳川大リストラ時代の行政官
4、明治天皇の家庭教師
上記2を読むだけで、ほかは当然の流れとなるが、「江戸の危機を救った」経緯は改めて「凄い」の一言。私個人としては、お坊ちゃま将軍や、皮肉屋海舟にもともと敬意をもっていないので、頷くことばかりであった。
特筆すべきは、23歳で「宇宙と人間」を書している。これは、宇宙を日月(じつゆう)星辰等の諸世界と地世界に分け、後者を日本国と諸外国、日本国を公卿・武門・神官僧侶諸学者・農工商民とsystemicに構成、己がどこにいるかを確固と捕らえている点にある。
先ず育った背景がある。
幼年期は飛騨高山で郡代(知事)の子息の一人として、なに不自由なく育てられ超一流の大家から剣や書を学んだが、両親の相次ぐ死去によって状況は一変した。沢山の兄弟の実質長男として、財産を分け、各々養子先まで手配する。江戸へ戻って結婚してからは極貧の生活を経験し、生まれたばかりの長男まで亡くしている。
しかし、剣と禅の修業を重ね、幕府の浪士隊取締り役となる。これは、将軍警護の役割で、おなじみ新撰組やら清河八郎との関わり、そして閉門処分。
この閉門蟄居時に更に書を読み、坐禅で己を鍛え上げている。だからこそ、西郷隆盛と単身交渉という大役を果たせた。今で言う、有能な事務次官と例えればいいだろうか。昔はかように有能な官僚(下級武士)がいたから、トップが多少アホでも政務が遂行できたのだろうか。
困ったことは、鉄太郎本人の記述した政務に関する書がほとんど無い点にあるとのこと。
「命もいらず名もいらず」、けだし、当然のことだろう。
臨終も、海舟をして見事と唸らせている;http://plaza.rakuten.co.jp/jifuku/8001/
この書では触れていないが、『修身二十則』なるものありて、
こちらのほうが、より実践的かなと思ふ http://tesshu.kcnote.com/shusin20/
一, 嘘を言うべからず
一, 君の御恩忘れるべからず
一, 父母の御恩忘れるべからず
一, 師の御恩忘れるべからず
一, 人の御恩忘れるべからず
一, 神仏ならびに長者を粗末にすべからず
一, 幼者を侮るべからず
一, 己に心よからず事 他人に求めるべからず
一, 腹をたつるは道にあらず
一, 何事も不幸を喜ぶべからず
一, 力の及ぶ限りは善き方に尽くすべし
一, 他を顧して自分の善ばかりするべからず
一, 食する度に農業の艱難をおもうべし 草木土石にても粗末にすべからず
一, 殊更に着物を飾りあるいはうわべをつくろうものは心濁りあるものと心得べし
一, 礼儀をみだるべからず
一, 何時何人に接するも客人に接するよう心得べし
一, 己の知らざることは何人にてもならうべし
一, 名利のため学問技芸すべからず
一, 人にはすべて能不能あり、いちがいに人を捨て、あるいは笑うべからず
一, 己の善行を誇り人に知らしむべからず すべて我心に努むるべし
2012-10-01 08:24:47| カテゴリなし |コメント(0)|トラックバック(0)
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