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閉塞感、、H29-9-28, 木曜、雨

H29-28, 木曜、雨 昨日午後に届いた速達、東京の叔父から。途端に不機嫌となる。 渋々開封すると、コピーの手紙二部、益々読む気が失せる。 夕飯前後、下の妹かラインあり、名義云々で平行線、、さらに骨董品業者が一番都合の悪い日に来るとの連絡あり、電話する気力も萎えた。 かくなるうえはと義妹に手紙を書いて投函。来月、お琴ほかを運びに来るというので、実際に車にどう入るのかが心配となった。そこで22時過ぎに、駐車場へ行き大きさをチェックするも、やはり助手席が使えないことが判明。その旨、妹に電話し、一段落。なるようにしかならない。 テーブルで叔父宛に手紙を書き出したところ、娘が顔を出して嫌味をいう。そのままベッドに横になるも入眠できず、ウィスキーを少し飲む。 そして5時半に起床、4時に一度目覚めるも、身体動かずしばらく休む。前日、リュックに入れておいた食器お皿を背負って、雨の中、引越し先のマンションへ歩く。 6時少し過ぎに、戻ってきて朝食準備。いつものパンとコーヒー、卵焼きなど、 食後に、気になっていた手紙の続きを ベッド上で書くが、10分以上かかり、封書切手貼りをして、雨の中投函、そのまま駅へ直行、いつもより20分ほど遅い。F駅では、タクシーなし、かなり待たされてようやく非常勤務先へ、雨は時に激しく、不規則で、まるで私の心の不安定さそのもの。 こんな状態がいつまで続くのやら、 ========================= あ、忘れた; 以前のBLG引越し; H29-7-22, 土曜、「月の満ち欠け」、直木賞 月の満ち欠け は「朔望」とも言われ、太陽との位置関係で決まります。太陽と同じ方向にある場合を新月(朔)、反対方向にある場合を満月(望)、その間に上弦・下弦(半月)があります。 月の満ち欠け は「朔望」とも言われ、太陽との位置関係で決まります。太陽と同じ方向にある場合を新月(朔)、反対方向にある場合を満月(望)、その間に上弦・下弦(半月)があります。 koyomi.vis.ne.jp/moonage.htm 今朝の新聞に、直木賞受賞作についての記事あり; 愛する男性と再会するため、女性が記憶を保持したまま何度も生まれ変わる物語、  (新聞記事のまま引用) 書評を検索してみたが、どうもいまいちで 見つけたのが >> 一言で言...

Empty; H29-9-27, 水、曇り

Empty; H29-9-27, 水、曇り 昨日、和服箪笥の中身を全て空にした。たとう紙に包まれたマサゴンの着物、あとからあとから、突き上げるような寂寥感を堪えながら、黙々とdンボール箱に入れる。 九州の姪に送る総絞りの着物2つと、バッグひとつ、宛先がわからないので、下の妹さんの住所とする。入れ終わって、一筆箋 に、ペンで走り書き;「夢か現(うつつ)かわからないまま、引越し云々」、そして、姪には「○○もきっと喜んでいると思います、」と。古い白黒の写真が5-6枚あったので紙袋のままメモに挟む。 着物用のダンボール箱は、引越し業者さんが置いていってくれたもの、中身を大きめのビニール袋に入れ、厚さを調整して切り込みを入れて、ガムテープで梱包する。インターネットで調べると、普通のダンボール箱でも、ラップの芯を挟むなどすればしわにならないらしい。 それを抱えて、近所の郵便局へ行く。予め伝票は書いておいたので判らないところをチェック、1710円、明後日には着くとのこと。 箪笥が空になると、心も同様。空しさだけが残る。 昼は、パスタを買ってきてカルボナーラ。チーズを忘れたが。 午後、田舎の妹からラインあり。増改築する家の名義で、まだ義妹がわけのわからんことをいっているらしい。ずっと平行線が続き、ばからしくなる、、、 ======================= 以前のBLGを; H29-7-21;その2、読書タイム「慎独」  昨日 このタイトルで入力した、はずだったが、  エラーが出て結局無駄な時間を費やした。 自分の時間を作り、見つめなおす。そのヒントを得るために、書を読むのが一番だろう。   「見たまま編集」 のチェックを外してみた 「陸軍士官学校の人間学」 午前中は、久々のフリータイム。19日に借りた上記を読む; 戦争で磨かれたリーダーシップ・人材教育・マーケティング 中條高徳 著     http://ameblo.jp/aisan-terrasse/entry-11723938271.html リーダーに求められる5つの条件 「才智」「言動」「仁義の心」「勇気」「姿勢」 そして5つの条件に加えて要求されるのが慎独。   「独り(身を)を慎む」という意味で、  君子たるもの 誰も見ていない時だからこそ自分を律...

パ障、夢?;H29-9-26, 火曜

H29-9-26, 火曜 夕べはオムライス、早めに横になるもマサゴンのことが頭を占拠し、、、、 波のような圧迫感、これがいわゆるパニック障害とでもいうのだろうか 薬ではなく日本酒をオンザロックで少量飲む、昨日も同じことで眠れたから 明け方、4時半にDCからのラインで眼が覚める。古米のこと? ぼんやりと夢のことを思い出す 大きな石柱が立っている。将棋の駒のような角がありやや厚く、大きさは人と同じくらい 表面は平坦で何も刻まれていない、色はわからない。 その石柱をなんとか動かそうと試みるが、太い針金?ペンチみたいなものを当てるが びくともしない、、、、、、  そこで眼が覚めた。4時半のLINE    大きな石柱  それは何を象徴しているのだろうか    多分、自分1人の力ではどうにもならない運命みたいなものかもしれない あっという間に、5時。これを記録しようとパソコンを立ち上げるが、それが時間のかかること 上記をインプットして、もう23分経過、 引越しのことをあれこれ考える、観葉植物をどうしようかなど、、、、 =================== 以前のブログも移動へ; ================= H29-7-21,金曜、晴れ、「涙の数だけ強くなれるよ」 今朝も4時に目が覚める。ずっと睡眠時間は5時間程度、体重は一時戻るも減ったまま。 横になったまま、けふの予定を考える。手紙をいつ出すそうか、そう考えているもう2通あり。 5時にお日様が顔を出す頃、洗面。新聞はまだ来ていない。ボサボサで気になっていた髪の毛を自分で切ると、すっきりして気分転換できる。これはお金も掛からず、ドけちな私に相応しい。 お花の水交換・手入れをする。お花は日ごとに櫛の歯が抜けるように少なくなり、もう2瓶しかない。また新しいのが必要か。その水はベランダ2箇所に犇く鉢にかけるが、多すぎて一部は枯れているのもある。元気だったKGBがドンドン増やしていったもの、どう処理すればいいのやら、、、  先ず、先日印刷しておいた○○後のお知らせに、一筆添える。これまで親しくしていただいたお礼も必要だ。これを受け取ったら、さぞかし驚くだろうが、成り行きに任せるしかない。2通それぞれ封書した頃、6時半過ぎに娘Rが顔を出す。そうか、もう二人だ...

お引越し; H29-9-25 夢か現か

H29-9-25;月曜、晴れ しばらくのご無沙汰。 来月6日の引越しに備えて、目下整理・荷物詰めに追われる日々。 睡眠不足だが、昨夜は服薬なしで、未明に数回眼が覚めるなか、夢をみた; KGBが、どこかへ移って行く?行き先は分からない。車で向かう途中で通行禁止、左側に川、 右折するしかない、、、、ふと、ハープシコードのある部屋の中、外人らしき男性がなにか調整し 身をテーブルに覆いかぶさるように演奏?隣には鉄板か鍋らしきもの、5-6人が集まって談笑 お店は何時までかと質問し、KGBに連絡しようとするが、なぜか別の人が出て繋がらず、、、、 =================  未だに、夢か現かの区別がつかないのだろうか 5時半の目覚ましで、やっと現(うつつ) に戻る。 ちょっと寝坊。昨日午後妹からのラインにも気づかず、返信する。 そう変身が必要か。未明、寒さで布団をかけるが、カビ臭い。そこで起きてからすぐにお洗濯。 バスタブの残り湯に、カバーと布団を入れて、足洗い。 娘が来ないうちにと、急いで、、、、 ================== 他からのBLGもお引越しへ; ー> H29-7-19 水曜日、明日娘YはDCに戻る。  久しぶりにこのブログを開いた。けふ午前に市立図書館では、パスワードを忘れているのでアクセス不可。 帰宅して、夕飯後にようやくパスワードを書き直してログイン。Bloggerでは編集に難ありて、こちら  にも進出してきた。 前回の記事はと、覗いてみると、H26年12月、腰痛に悩まされていた頃。その一ヶ月前からKGBが体調を崩した頃だった。今から思えば、ここが人生のターニングポイント。 その後、私の未熟さ、いい加減さ、辛い現実から逃げていたこと、その全ての結果として、、、、、 私は変わらねばならない。 運命といふ大きな嵐に放り込まれて、天誅ともいえる通告が届いたのは7月の3日。月曜日の朝8時半だった。  それからの16日間は、頭が空白になった。  なんと表現すべきか、諸手続きや連絡などに費やされ、自分を見つめる時間など無かった。 ふと、どこからかひょっこり顔を出す。そんな感覚が依然として残り、部屋に置かれたKGBの写真を前にして、ようやく現実に戻される。 そんな日々...

引越し手続き; H29-9-25, その2

 H29-9-25; 晴れ 10時を過ぎてから、マンション管理人に引越しの日時を伝えるべくメモ書き。 先ず、現在のIGの管理人へメモを手渡す。その後、YTの管理人にもメモを渡したが、戻ると再びIGの管理人から必要書類といって3枚入ったファイルが、メールボックスにあり。 昼飯は、にゅうめん。手短に作って、目下昼休み。 ============== 以前のBLGをコピペ; H29-7-20; 木曜、晴れ、Y羽田へR同伴 今朝も5時前に起床、下のアホ娘Yが米国に戻るのでその準備。 お花の水を変え終わった頃、5時半か、Yが起きてきて、荷物詰めはじめる。 慌しい朝食、カステラとコーヒーほか、りんご、リンゴ・バナナ程度で、6時45分発のバス停に向かう。重くなったスーツケースを引きずりながら駅方向に向かう。周辺エレベーター位置を素早く指示する娘Rは、しっかり者で頼もしい。10分ほど前には始発バス停に着く。 いつもより早めに電車に乗り、F駅へ向かう。車内からLINEで連絡、取ったばかりの写真をそれぞれ2枚ずつ付けて。これは便利なものだ。 施設Sでは、早めに一回り、危惧していた3Fのばーちゃんは回復し、良かった良かった。 すべきことが山積するも、ふと友人3人へメール連絡した。最初のK君はエラー、仕方が無いのでプリントして、封書で送る。と思ったが、封筒を忘れ、慌てて机の引出し内からひとつ発見、切手を貼る。二番目のM君は神戸に出張中、すぐに返事あり、ありがたいと返信す。 セレモニーに参加していただいた夫々の親戚に礼状を用意しなければならない。ボケ頭を散々捻って計6通、同じ内容のもの、少し変えたものと気を使う。(これでは、ハゲがさらに進行する) 昼前、娘たちは羽田に到着とLINE連絡あり、驚くことに1800円もする、鰻をアホYはオーダーしたとのこと。倹約家のRは、この際だけぐっと我慢し太っ腹のところを見せたらしい。 午後は只管写真のプリント。5-6枚印刷したら、インク切れで交換す。スペアは一昨年の12月のもの。といふことは、およそ2年間ほどご無沙汰していたことになる。つまり、KGBの状態が低空飛行のままだった頃と一致する。各地親戚7軒分を、夫々どの写真がいいかと頭を捻る。昨日L判の用紙を250枚用意したが、机の抽斗を...

H29-8-15; 火曜日、曇り、終戦って?

平成29-8-15 私はアホだから、未だに終戦記念日の意味が分からない。 一般的な解釈は、Wikiをチェックすることなく、その概要はまあ、中学生程度と思っていいだろう。  ハラグロサクソン、あ、間違えた、どうも最近ボケが進んで、どれが本当でどれが偽物かの区別がわからなくなってきた。訂正する(小さな声で)、アングロさくソン 今、黙祷が、終わった。 だが、終わっていない大切な何かがある。 72回目といふが、この72年間、もっと重要なことがうやむやにされている。 さあ、いじわるしている誰かさん 九月6日

H29-8-14; 月曜にも、、、

H29-8-13;月曜日 早起きして、海岸迄徒歩で往復す。モウロウをとっくに過ぎて、なれなれに手の届く年だが、まだワケーもんにゃ負けてたまるか。 前日地図で距離を調べた。2万誤戦分の1で14cm, 単純計算で3.5Km, わたしのがに股、短足で40~45分かかると判明し嘆息。ロスタイムを含めて、往復に2時間とみて、4時出発とした。 と、ここまではいいが、あれ、一時保存の仕方??? 面倒くさくなり、公開ボタン押して後悔、、、 惨事10分前に眼が覚めて、直ぐに身仕度。五分後には外に出た。広い通り沿いの歩道を歩く。信号が赤でも進むが、補導されない。30分ほどで、ようやくわmn

H29-8-13; 日、曇り、無題

H29-8-13; 日、曇り 先日、某サイトでBLGが検閲されていることがわかり、そこはアホらしくなってQUIT. でも、ここがどうかは分からない。 私は、ヘンジンかもしれないが、固有名で人様を批判したことはない。 一般論として、所属している人たちの7から8割以上の”旧態”依然たる考え・方針に、 私はそれはおかしいと意見を述べただけ。 某国なら、止むを得ないだろうが、日本で検閲があるとは、、、、 聞くところによると、放送禁止用語なるものがあるといふ。 詳しくはWikiへ。 Wikiを斜め読みすると、NHKなる組織が「放送可能用語」といふお達しを出した寄席、民放も右倣えらしい。 ただし、それはオヤクショ”が考える”といふ表現であり、果たしてそれが「正しい」かどうか、それこそ誰にも分からない。  そもそも、「正しさ」、あるいは「正義」などといふ言葉はどう解釈すべきだろうか。 私は昨夕、たまたまNHKを見た。 一応きちんと受信料を払っているバカ正直な人間のひとりだから、民放を目の仇にしている訳ではない  正直な話、一部の民放はアホラシクテ見ないが、脚本が優れた民放(見んぽー)も少なくない。その点、NHKさまは某おえらい有名人脚本家らしが、ドラマの設定に無理こじつけもあり、これこそお金の無駄使いだと思ふ。 で、何を言いたいんだろうと、途中で忘れてしまったが、いま思い出す。 昨夕のNHKは日米の戦争、太平洋だろうが大東亜だろうがそんなことはどうでもいい。 問題は事実を{正確」に報道しているかどうかである。 事実とは数字で示すことではない。なぜならば、データはいくらでも解析方法で改竄できるからだ。 最高学府や大企業の研究で、大量のデータをどう処理するかどうできるのか、それが分かれ道となる。当初、米軍の日本軍需施設への爆撃成功率7%と出たが、これは多分正確に「近い」だろう。次の問題はその解釈が高いのか、低いのかで方針が異なる。 米国はシステムががっちりした国だと、私はおもっている。日本との違いは、大統領が絶対的権限を持つといふ点と、日本の天皇制のとくわからない曖昧さ、、これが影響していると考える。 今、米国はあんな人物でも国家として機能できる不思議な国だが、底力はニホンなど到底足...

H29-8-8; 晴れ時々曇り、虹を見た

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H29-8-8;火曜日 Beliebve or Not 寝不足が続き、頭がずっとボーっとしている。 昨夜もプチ家出? 夜中2時頃こっそり帰り、5時にやや遅くは起きる。 朝食はコーヒーのフィルターを入れ忘れ、でもかえって美味しい。もともとトルコではこんな風にするらしいから。 午前中はベランダで野菜の苗手入れ。お花がすべて切れてしまい茎も切らずに水だけの交換。 昨日、10歳年上の従兄弟にメールしたが、返事ない、そのことも気が滅入るのだろうか。 昼前、コピー機をあれこれいじくっているうちに、腰痛再発。 午後も同様、娘も部屋閉じこもりあるいはお昼ねか、私は、出歩かないと更に悪化する恐怖あり、リュックを背負って出かけようとして、腕時計の無いのに気づく。突如頭の中が真っ白、数分恒例の室内捜索、、、旧マンションにいってみるも 多分、日曜日に作業着のポケットに入れたままか、 そうならいいんだが。 夕方、虹を見る。それもダブルで、ここ数日習慣となったが、私はベッド上でぼんやりしていた。そこへ娘が外からでかい声をかけた。「急いで、大きな虹が出ている」 東南方向を見るとダブルの色鮮やかな虹だ。直ぐにスマホでもたつきながら4枚撮影、部屋の隅に転がっていたデジカメを3台かき集めて、それぞれ4枚ほど撮影した、 といふことはかなり長い時間消えなかった。 虹に願いを、、とは思いつかなく、途中から涙が出始めた。 ふとタブレットを思い出し、寝室の網戸をずらし、撮影3枚。 非科学的だと人は笑うかもしれない。笑われてもいい。 これは、KGBからのメッセージだと直感した。濃い虹の下の麓 そこでKGBは見つかった。 夕飯を食べながら、TV, 高校野球観戦。どうやら延長戦らしい。 11回表をちらっとみて、もう試合は決まったと確信した。 その根拠は、多少野球を知っている人ならおわかりだろう。 野球監督の采配が98%、残り2%しか神様は決めてくれない。 私は98%の世界に生きてきた。 けれども、残りの2%に、不思議でかつ非科学的だが否定できない 「何か」の存在はあると信じる、 科学は万能で100%全てのことが証明できると  そう主張するお偉いさんはいる。  私は、元来アホだから、ずっと...

H29-8ー7: 月曜、曇り、ギョーー怪用語

H29-8ー7: 月曜、曇り このところ、身体だけでなくパソコンまで調子が悪い。 数日前からなのだが、楽○なんとかのBLGが全くアクセスでず、齷齪。 IDがどうのこう、アカウントがどうのこうの、カタカナ用語の氾濫には強い憤りしかない。折角、ノートパッドを4-5年ぶりに買い換えたといふのに、数日前から何度も試みるも、ボケのせいか、一向に解決していない。 日本は、歴史的にみると、どうやら漢字の伝来がスタートのようだ。 それまでは、稗田のアレ アレ?てどういふ字か調べる気力も無い。 ダッセン、本題へ。つまり口述、口伝えだった。 と大昔に学校で習った記憶がある。それにしても、「古事記」の編纂云々とはどういふことなのだろうか。 私は昔からセーカクが悪いので、授業でかくかくと聞いても、何の意味があるのかわからず、爾来歴史や文学が大嫌いになった。 日本語は悪魔の言葉だ、 とはよくいわれる。 私も、かつては毎年のように欧米の会合に柄にも無く出席していた。私は英語が少々、ドイツ語は少し読める程度で、日常会話すら覚束ない。ナントカパーティーで質問されうのは、どうして日本語はひらかな・かたかな。漢字、意味不明の横文字らしきものが渾然として、しかも、同じ発音でもTPOから判断しなけりゃいかんのに、本当に不思議だ。 それに、どうしてカタカナ用語が多いんだろう。これはきっと、日本語がものごとを説明するのに一番適していないからじゃーねーかな? その昔、ウィーンで会った日本語ペラペラのヘンな人からのコメント。 私からすれば、ドイツ語も名詞が男性。女性、中性(オカマ?)で冠詞が違うし、動詞の現在過去、過去ナントカで”ge"を単語のと途中にくっつけたりでわかんねーよ、と反論した記憶がある。 また脱線、本線に戻る。 私の考えは、いわゆるカタカナ用語はギョーカイの人達が持つ「傲慢性」の表れだと思う。 彼らは、こんなこともシラネーのは「時代遅れ」、と面倒くさそうに話してれるかも知れない。   いつか、どこかに書いたシホーショシさんの用語の乱発。それに私はハラが立った。 言葉は、コミュニケーションの大事な手段である。偉い人は”ツール。”と表現するかもしれないが、偏屈な私は使いたくない。 お昼になった、人はランチなんとかといふらしいが、わたしは「乱地帯...

H29-8-6; 日曜、原爆と気象学

H29-8-6; 日曜、晴れ、原爆と気象学 昭和20年(1945年)、の、8月6日。広島地方は晴れていた。 そして72年後のけふ、運命の8時15分、私は某施設内の廊下をヨタヨタ歩いていた。 早出スタッフと挨拶を交わしながら、ふとテレビ画面を見て気がついた。時計は既に8時16分をさし、介護スタッフも業務再会している。  今朝食事の時、娘Rと広島の原爆のことが話題になっていたのに、散歩で3歩歩くと忘れている。  某施設は冷房が効いていて、いつのも時間8時には着く。部屋で日誌様のパソコンを立ち上げて,1階のトイレに行くが、私は海外旅行中など緊張すると必ず便○、となる。そうか、それで2階詰め所に行くの時間がかかったからだ。これぞまさにウンめー。 1-2分の違いは、大きい。 飛行機は勿論、新幹線だって、JRだって同様。だが、気にすることは無い。 チータこと某有名人の歌がある。景気のようい、元気溢れる歌だから、私は毎朝通勤時にこっそり歌っていた、(大声だとオンチで人様の迷惑になる) 2番のところに >> しあわせの 隣にいても気づかない日もあるんだね     一年365日、一歩違いで逃しても、人生はワンツーパンチ、、、、、 歌っていると、前向きなれ、元気が出る。辛いとき悲しいときに、いつもこの歌を口ずさむ。      話題一転、 娘Rにも言ってないが、このとことろ、ふわふわする浮遊感、眩ウン?(アレー惚けてきて忘れている)、階段を降りるときに足元がおぼつかない、など気になる症状が度々ある。まー回転性ではないから大丈夫だろうと思ふのだが、、  でもうっかり、娘に話すと、何より嫌いなビョーインへ強制送還されてしまう。 あそこの病院なら、美人ぞろいの検査技師さんがブスブス痛い採血をし、「念のために、ちょっと調べtときましょう」、とCTだMRIだとか、一連の検査を強要されるだろう。年に一回の検査でさえ、躊躇するこの私、健診なんて、時間とお金の無駄使いでと思っているから、、、。 再び、広島原爆に戻る、 何故、8月の6日で、その時間、そして何故広島になったのかをいふ疑問がある。; 私の下手な文章よりも、下記を参照にすると早い。  http://www.masaruk....

H29-8-5;晴れ 土曜、動揺同様

H29-8-5;晴れ 土曜、動揺同様 毎日が浮動感で、落ち着かない。 これこそ、ボケの着実な進行かと、必死で不安と戦う。 昨日、といふか本日未明、またDCの娘YからのLINEでドタバタした(先述?)が、さて眠ろうと思ふと不安の波は後から後から押し寄せ、土曜日は郵便局が休みだから、金曜のうちにとLINEを送り返す。かくして、ベッドに横になるのは2時過ぎで、寝付けない。止む無く睡眠剤を服用した。  先述と書いたが、どうやら別のサイトのブログと混同している。 DCの現地時間は13時間さかのぼる、 っちゅうことは今日本時間10時は金曜日の17時か。 私は金曜土曜もない毎日だったので、その土曜日が休日だといふ基本的認識が欠如していた。 某司法書士からのメールは日本時間で3日の木曜、11時頃DCに届いたらしい。 そのときのDCは3日の21時、そのメールを読んでも動けるのは翌日4日の木曜日以降になる。 その大先生からのメールが転送されたので、読んで驚いた。「これこれ手続き後に”郵送”してください。但し、夏休みは8月11日から云々??」  幸い娘Yのボスは察してくれて直ぐに大使館へ直行。自転車通勤なので、猛暑下を急いだに違いない。手続きは受付に始まる。どこもそうだが、受け付けても直ぐに必要な書類を貰えるわけではない。娘はその日は一旦職場に戻り、ロスした分の仕事を自主的にしたといふ。つまり時間外労働。そして現地時間金曜日の10時に大使館で手続きしたといふ。これは日本時間で23時のこと。 私はなれぬ手つきでLINE操作するが、キーボードとはまるで異なるのでナメクジが這うような感覚だ。約1時間後に携帯が鳴る、「手続き終了」と。  館内の写真が添付され、日本の天気予報が写っていた。「へー、凄いね」、「ここは日本大使館だからね」「台風が接近しているよ」 対話がちぐはぐなのは、私が文字変換で梃子摺っていたため。 それから小1時間後にまたLINEあり;「今スキャンしたやつ、メールで送った」 私は、慌ててパソコンを立ち上げて確認、添付ファイルが3つもあり、しかもpdf ,ファイルだ。私同様旧式でガタが来ており時間がやたらかかる、しかも3枚で、、、。 かくして、寝不足は一向に改善されず、天辺ハゲだけ着実に進んでいる。

H29-8-4; 禁酔う

H29-8-4; 金曜、晴れ、禁酔う けふも4時にモソモソ起き出して、リュックを背負い旧マンションに向かう。まだ薄暗いなか、幹線道路沿いを急ぐ。この時間、道路工事の場所が毎日変化しているのがわかる。 物事はすべて変化していく、ずっと変わらないものがあるのだろうか。 私が、なぜ毎日通うのは、変わって欲しくない何かを求めているのだろう。○○と一緒に過ごした日の思い出、それを探し求めているかもしれない。埃がうっすら付いた写真メモ帳、手紙やはがき、衣類など、、、、 リュックに入るものはやや重いものとし、両手の紙袋には軽くてかさばるもの、いくらボケてても、少しずつコツがわかってきた。  お日様が顔を出すと、道路工事の人たちも姿を消す。私は、無様な格好でその道路を横切って帰る。 部屋に戻ると、ベランダで植木類の手入れ、もう、ジジーのパターンが定着しつつある。 夕方、冷蔵庫の奥から、娘Yが昨年暮れに買ってそのままになっていたビールを取り出す。 自宅でビールなんて、何年ぶりだろうか。賞味期限切れのビールだったが、いつもなら絶対飲まないといっていた娘Rもコップを冷凍庫に入れて準備をする。  ノンアルコール、ノンカロリーの類(たぐい)は、不味いだろうとの先入観を打ち消し、ほのかに甘い後味が残るものだった。すきっ腹に飲んだせいか、でもノンアルコールなのに、少し酔った気分になれた。

H29-8-3;木曜、It's all up to you

H29-8-3;木曜、 It's all up to you 昨日から行方不明の帽子を求めて、 高速(拘束)バス売り場に来た。 しかしそこではない、一体どこに行ってしまったのだろか。物忘れボーシを考えた。 チーズはどこへ消えた?  昔のベストセラーがある。惚けてきた私は、こっそりネットで検索すると、 >> チーズは、ただの食べ物ではなく、人生において私たちが追い求めるもののシンボルである。 とある。 最近、整理をしていたら本棚の隅で埃をかぶっていたが、それからどうなったのだろうか。 ドライな娘R は既に処分してしまったかもしれない。  気になるメモがある。どこかで書いたかもしれないが、 「さがし物とかけて、大切なもの ととく  その心は 必要なとき見当たらない。   (それでも求めると 何が大切か分からずじまい)」 今迷路に迷い込んだ私にも、何がなんだか分からないまま、求め続けてる 物忘れは、毎度のこと。特に眼鏡はジョーシュー犯で、娘からは冷たい視線。 でも忘れることは、いいこともあるし、 惚け・認知症は天からの贈り物かもしれない。 忘れたくても、忘れられない、人生は矛盾の連続でもあり、残酷と思ふか、謳歌すべきものと思ふか どこかで声がする   ”It's all up to you”

H29-8-2;水曜、曇り、風強し嬉しいことも大切に

H29-8-2;水 曜、曇り、風強いし、嬉しいことも大切に 朝からいつにも増して奇妙な1日だった。郵便受けの番号失念、帽子と名刺? 1、早朝ふと思い立ち、上京すべきバスの便を調べるも、サイトのパスワードがどうのこうので予約断念。こんな面倒なシステム、セキュリティーがどうのこうの、、、、認識誤認も甚だしい。 ようやくバスのチケットを取るも、肝心の相手からノー。兄は、何でもけふは病院通いで1日仕事。 結局そのまま気まずい帰宅となる。  どうにかならないものだろうか、年とれば誰でも、複数の病気を抱える。 ヨーツーはどこどこ、お腹はどこどこ、頭、眼、耳、喉、夫々全部異なる科にいくといふ。 昨日、切れるロージンたら私がゲキドしたのは、この点である。 2、私は、生を受けてうん十年、通院したのは歯医者さんくらいで、入院手術ゼロ。 悪いところといへば、性格だろう、それしかない。医者と病院が大嫌いのは母親ゆずり。 だから私は○○に、なったヘンジン。 まーそれは昔のこと。過去はいくら逆立ちしても、変えられるものではない。 3、ボケできたので、箇条書きにしている。1、の続きであるが、7時半にボーゼンとした私は、いつに増して苛苛感が募ってきた。ドーキョニンになった娘は堪ったものではないから、ルッせーとボヤク。かくして些細なことで娘と口論となるのは、自然の成り行きだろう。悪いのは、このうす汚くなりつつあるこの私なのだから。  かくして別々行動となった私は単独で東南に徒歩で向かう。車は一台しかないし、第一、このところ運転もしていない。運転するのも怖くなっている自分が情けない。 4、何の目的もなく、飛び出した私、たまにゃー図書館でも行ってキョーヨーでも遅ればせながらとつけようと、蟹股で歩きつつ思案していた。 わたしはキョーヨーされることが大嫌い。つまり変人で天邪鬼。 ふとお花屋さんの前で足が止まる。おずおずと店員さんに言った。バラの花を一本だけいいですか。こんな不細工なオトコとのアンバランスに、流石相手はプロ。少しもおくびに出さず。紙に包んでくれた。私は、隣接する小山に登って、元気だった頃の○○のことを思い出した。 一ヶ月に来た場所がわからず、躊躇したが、そこにバラを置いた。辺りは急な階段が続き、少し降りると、遠くの景色が見渡せる。 しばらくして、汗だくのま...

H29-8-1;火曜, 専門罵家

H29-8-1;火曜、専門罵家 慢性的な睡眠不足が続く。昨夕の北海道からの電話で、新婚旅行の時にお世話になったことを思い出して、なかなか寝付けなかった。 そして、またも4時に離床。甚平姿のまま散歩にでかける。 一時間ほどで戻るが新聞はまだ来ていない。乱雑な私の机が眼に入る。まるで私の心そのものだ。人様にとってはどうでもいい資料かもしれないが、私にはどうしても捨てられないものが、それが多すぎるのだろう。 昨日のニュースで、なんとか学園問題で有名な夫妻が逮捕された。大阪地検特捜部がようやく動いた。日本の検察官は優秀なのに、何故こんなに時間がかかったのだろうか、ボンクラ頭の私にはわからない。 わからないことが、この世には多すぎる。同じ法曹界でも、ほかの人たちは全く正反対で奇妙な判断をするのだろうか。わたしは、もうモーロクしてきているが、眼に余る活動が後者に眼立つ。 法は何のためにあるのだろうか。 その答えに影響する遠因が、法律専門家が多すぎるといふことだろう。 専門家ほど恐ろしいものはない。人様は専門家を尊敬の眼差しでみるようだが、天邪鬼の私には理解できない。 専門家は何故怖いのか、それは皆様各々が固有のテリトリーを持ち、その線引き頑としているからだ。要するに、専門外のことは、どこそこへどうぞで、盥回しは日常的なこととなる。 私のようなアホでも、大学を卒業できた。この事実は、日本が寛容だといふことを示しているが、私の尊敬する師はこう諭した。  「専門バカには決してなるな。本だけではなく回りから学ぶこと」 私は多少は努力もあったが、諸先輩や同胞、家族などの支えがあって、一応専門家のハシクレだった。多くは順調に行くも、専門外といって人様に迷惑をかけたことも少なくない。今、そのことを時々思い出すこともあるが、この暑さとモーロクで、、、、

H29-7-31; 月曜、晴れ時々苦藻離

H29-7-31;月曜日、晴れ時々苦藻離 断片的な睡眠で、4時頃からうとうとし、5時離床。甚平姿のまま散歩を兼ねて旧マンションに向かう。新聞はまだ来ていない。部屋に入ると、戸棚に本箱に昔の手紙があった。家内の友人からのもので、写真が同封されていた。13年ほど前のもので、ほかのどうでもいい資料破棄、娘Yの卒業額も持参して自宅に戻る。片道10分程度。 5時半には、先ずお花の水換え、痛みの残る腰をかかえてモタモタ時間がかかる。部屋の隅に古いパソコンが出てきたので動かしてみるも立ち上げ不可。そうこうするうちに6時半、ラジオ体操。合間にお湯を沸かす。ダンベルを仕舞う頃に、娘がようやく顔を出す。私はもうサラダの準備。 卵が残り少ないので、10個入りの卵ケースを取り出す。ふとモーロク頭がひらめく。この空きケースを使って、苗作りをしようと。  朝飯は7時15分頃に済むが、目下わが家のアルジ娘Rは悠然と果物にヨーグルトをかけて、新聞を読んでいる。  部屋の整理をしていると、ドン娘Rから指令あり、なんとか銀行のカードが受け付けないから、本人が来てくれないと困る。どこそこに10時に待ち合わせしたい、とこちらに有無を言わせず、切られてしまった。腕時計をみると、あと20分もない。ズボン、靴下、シャツはどこかと探して、氷入りの保冷水筒を準備するのに5分。 外は灼熱地獄。せかせかと蟹股を交互させて指定の2分前に着く。 ところが、娘Rは姿なし。LINEでもう着いた旨伝えるが、なしの礫(つぶて)。2分ほど遅れて買い物袋を抱えたRが姿を見せる。侘びのひとつもない、、、 娘はATM脇にいた係員立会いでカードを入れたら、すんなりと出来たとのこと。 買い物袋は、ずっしりと重い。また炎天下、私が持たされたことはいふまでもない。早い話、苦難にあえぐ老人に、さらなる過酷な重圧を押し付けたことになる。  人生は矛盾と理不尽に満ち溢れている。晴れる日ばかりではない、曇りもあれば雨もある。 だが、別の視点から考えると、強いて私に苦行を押し付けることで、家内のことなど考えなくなるだろうとでもいふべき、深謀遠慮があるのだろうか。口は悪いが根は優しい、ちょっと家内に似た娘Rに、一応感謝すべきだろう。 暑中見舞い

H29年7月、悪夢 7-10;市役所、司法書士

それは突然やってきた。 H29年7月3日、月曜の朝。予告なしの1本の電話、ずっと忘れることはないだろう。 けふは10日の月曜日、10時から○○会社の人と打ち合わせ、それまでに印鑑作り用意などすべきことが山積している。 我ら家族4名は炎天下で、関係資料入りのバッグを持って市役所に向かう。時刻は11時半、ここ数日健康保険無しなので、国民保険加入手続き。そして妻の年金関連の手続き。いずれも長い長い待ち時間がある。2階あるいは1階の各窓口で何度も往復し、わからないことを係員に聞きながら記入を繰り返す。  昼飯を摂る時間も無い。一応最後の受け取り窓口を出たのは13時半過ぎだ。 14時からは○産処理他で司法書士事務所に行かなければならない。灼熱の道路を通って近くのコンビニに飛び込み、4人分のお握りを購入し、事務所なあるNビル2階に行く。それらしき入り口に入り、2階事務所の場所を確認し、階段の踊り場に直接腰を下ろして慌ただしい昼飯となる。予定10分前に、お世話になっているN氏が現れる。自転車で。20分以上かけて来ていただいていると後で知る。挨拶もそこそこに事務所内に入る。  司法書士Mさんと初めてお会いする。プロとしての貫禄をにじませる女性だ。狭い一室で一同会し、早々に遺産処理の内容確認とそれに伴う手続きに必要な書類入手の説明がある。要点は以下;  1、子供3名の相続権放棄  2、○の「名○せ帳」  3、必要書類の入手方法 1時間10分ほどかけて、各人に必要な手続きの説明がなされ、事務所を後にする。 上記2のために、再び市役所に戻り「名○せ帳」申請し、同時に加入したばかりの娘 の国民健康保険を住所変更したほうがいいといふので、書き換えに入る。それまでずっとN氏が付き添い、事務所が閉まる17時の10分前に「名寄せ帳」を持っていっていただく。

H29-7-30; 日曜、さてどうなることやら

H29-7-30; 日曜、さてどうなることやら 今朝も睡眠不足。1時に消灯するも、3時に目が覚めてしまう。 昨夜、花火後の上機嫌で帰宅した娘に、何故か苛立ってしまい、大人気ない。 そう、このところどうかしている。目が冴えてしまい、前日本棚の整理でみつけた年賀状の束を、 そっと引き出して、中身を調べた。何かに見落としているものはないかと探すも、10年ほど前のもので既に故人となった分の4-5枚を削除しただけ。  昨夜、本棚の一冊を何気なく開いてみたら、家内の書いたメモが出来てきた。さらに、別の紙袋の中から、3年前の発病時期のメモが見付かり、複雑な気分となる。 これは、当時彼女がどう考えていたのかを知る手がかりとなった。それら5-6枚を改めて見ると、とても眠れるものではない。 果たして、今の異常な精神状態は、時間が解決してくれるだろか、漠然とした不安の霧がかかる。 窓外は、まだ静穏だ。日曜日なのか車の音も殆どない。周囲の音に敏感になっている自分が怖い。まだ4時前だ。  外に出ると、前日の雨で道路が濡れており、ねっとりした室内とは一転、心地よい気分になる。ちちょうど新聞配達のバイクが数台、まだ暗い道路を走っている。4時のニュースはイランと米国の対立。力と力のぶつかり合いは、歴史的にみてもロクなことがない。 10分そこそこで散歩から戻り、新聞受けを見るも、まだ来ていない。 仕方がないので先日書きかけの手紙でも書こうか。 夕べ、家内が使っていた万年筆が出てきた。インクを入れ直しておいたのだが、ペン先が乾燥しているので字が書けない。仕方なく洗面所で水を垂らしてやっとOK. 15年以上も前のこと、受け持った子の1人に印象的な母親がいた。何故か年賀状が毎年来るのだが、ここ数年前からモーロク気味でズボラな私は、年賀状すら書かなかった。今年の2月あるいは3月だったかのか気憶に無いが、その子の訃報が母親から届いた、私は、ずっと気にはしていたが、引越しのドサクサに紛れて、その手紙もどこかへ行ってしまった。  2週間ほど前、ふと思い立ちその母親にお悔やみの手紙を書いたところ、思いもかけず返事が来た。生来軽薄な私は、その内容に再度ジーンと来て、またも拙劣な字と文章の手紙を認めた。気になったのは、彼女の母親がうつ病とのこと。これは人事(ひとごと)ではない。能天気...

H29-7-29; 土曜日、腰椎の意味

H29-7-29; 土曜日、腰痛の意味がわかった。  昨夜も、寝つきが悪く、1-2時間で眼が覚めてしまうことを繰り返す。 3時頃みた夢で離床しパソコンを開く。昨夕に従姉妹から来たメール返信に返事を書く。 夢の内容は、下記の通りで、親戚の葬儀に行けなかったこと、そして、7月26日の弟の3回目の命日をうっかり忘れていることに気づいた。翌27日に私を襲った急性腰痛はその天罰なのだろうか。 夢は、夜間私が1人で田舎の生家を訪れることから始まる。 自転車が北東角のくぐり口脇に自転車が2台置いてあり、すでに誰かが来ている。玄関の高い門は閉ざされて、左隣のくぐり口を開けて中にはいる。6-7人が集まって居て母もいたような気がする。中央に顔のわからな瀕死の人が横たわり、皆で議論している。どうやら、前日まで居住していた施設から何故か追い出されて、皆は憤慨している。気が短い私は、議論するよりも、その施設に怒鳴り込んでいくが、そこのトップは中年の見知らぬ女性でさんざん待たされているうちに眼が覚めた。 私は、かなり前に前後して亡くなった親戚2名を思い出した。1人は母の実家に婿養子となったKT氏で、もう1人は父の姉、つまり伯母で東京に長く住んでいた。いずれもガキの頃からお世話になったのに、なぜか葬儀に行けなかった。そのことがずっと気になっていた。 家内は、5年ほど前から、わが家全体の家系を調べていた、膨大な数で2-300名もあっただろうか。全て亡くなったかたで夫あるいは妻の名前がわからない人も含まれる。 来月は旧暦のお盆。いつの間にか疎遠となってしまった両家に、いちどお線香を上げに行きなさいといふ家内のメッセージだろうか。 鳥のさえずりがして、もう直ぐお日様も顔を出す。さあ、今日は腰痛に負けず、気を締めてすべきことをしていこう。