5月17日、木曜、曇り、健診、午後家族会

5月17日、木曜、曇り、健診、午後家族会
車で出勤。6時にシャワーですっきりさせ、昨夜の残飯でおかゆを作り、燃えるごみ二袋を出す。帰りに青い矢車菊を一本手折る。母屋に転がっていた花瓶をHpへ持参。洗面所で水洗いすると中から黒いごみ流出。先日のアルミ缶をやめてこれに入れ替える。写真を撮り、DCほか友人3名に転送す。
健診、まず問診票を2階へ提出、直ぐに検尿コップを渡されるが、その前に聴力検査。
一階まで降りて場所を教えてもらう。その後は胸Xp, ECG.
合間に外来で受診予定のKMTさんの情報収集。近所に住むという人からの話では、先日車を脱輪で壊しているが、その後来ないということは、熱は出ていないのだろう。何故かわからないが、某医(整形?、面識の記憶なし)から私に名指しされたらしい。
もう1人、外来前のDrKBYにPt-OT/KHさんのことを訊いたら、即答で病名などが口から出た。後で紙カルテを出してもらったが、その記憶力には脱帽。電カルは、どこを開いても欲しい情報見当たらず。止む無く紙カルテを取り寄せると、一目瞭然だ。但し、入院の記録はまた別のところのようで、そこまで手が回らない。
10時数分前になった、空腹でふらつく身体を鞭打って2階へ登る。駈血帯を巻かれて、プツンと採血、私は臆病だからシリンジを見ることができない。ようやく食事解禁、そそくさと図書室に飛び込む。持参したピザシートを4つに切り、先ず2枚を焼き、味噌スープを飲みながらあっという間に完食。直後に残りも焼いて食べる。ゆで卵、胡瓜マヨネーズ付き、林檎など食べてようやく落ち着く。

結局、KMTさんは受診せず、11時40分頃からにランチを早めに準備。お昼のTVニュースを見ながらパクつく。改めて、体重計の記録を見ると、53キロしかない。ナントカ年齢は43歳らしいが、その根拠はわからないからちっとも嬉しくない。

家族会総会の連絡では、13時半の少し前に着くようにといわれていたが、雑用が蓄積。
先ず、8時半頃に院長へ、テニスの掲示板のことを質問するがいい返事なし、医事の受付でも要領得ない。そこへ、妹YSKからの電話あり、車の保険証の件。慌てて、車のダッシュボードを開けて書類を出すと、家内名義で3年前に作った証書あり、それをコピーする。なんやかんやで12時20分頃に車に乗る。インターから高速に乗って、小諸まで行き、妹に書類コピーを渡してトンボ帰り。
市役所脇の建物前に着いたのは、開始数分前。恐る恐る2階へ行くも知人は見当たらずウロウロしていたら、数名から声がかかり、兎に角入会手続きと記名済ませた。資料のプリントを渡され、テーブル席の最前左端を指示されてそこに座ると、ほどなくKBYSさんが姿を現しようやく安堵。術後の状態など情報交換していると、開会の挨拶あり。来賓席があるのには驚くが、市役所からなんとか課から2名あり、ひとりが市長が海外出張とのこと(大名ギョーレツだろう)でとの言い訳で代読には失笑。パーフォーマンスだけ。退屈な紋切り型の挨拶に辟易したころ、中休みをはさんで講演開始となる。
白髪痩身のSGT氏は、静岡のNTさんを彷彿させる人物で声まで似ている。テーマは「支援法の改正ポイント」、NPOを立ち上げた、経験豊富なPSWさん、概要はKBYSさんから聞いていた。
イントロでGH10箇所と聞いて、スマホにて検索すると、その活動概要が一部わかる。
知識不足だが、どうやらB型事業所とのこと、要は規模によってオヤクニンは区分けをしているようだ。オカミの目線からの政策方向概要が示され、海外に比して後進国たる日本でようやく重い腰を上げてきたかと、この数十年間の民間人、PSWの方々の苦労がようやく実感できた。
(私は、偏屈だから、大多数の精神科医や、勿論シロートお役人のことは信用していない)
SGT氏は誠実に情報を伝えようとするが、この複雑な法律を、とても短時間で説明できないのに無理して伝えようとしている様がわかる。アホ役人の机上理論で作り上げた法令を、それでも墨守しなければいけない立場が嫌というほどわかる。
氏は、わかりやすい表現として「医・職・住・友・遊」を示し、私的には特に「友」と「遊」を強調したいのだろうと思った。アウトリーチ(訪問看護)とか、エンパワメントとかの横文字が気になったが、
力を与えるエンパワメントでの、地域で生きる希望を与える環境造り、これが肝要だとのメッセージだったと思う。そこへ、実用面での緊急時の受け入れ、ショートステイの受け皿造り。苦労の連続だったろうと頭が下がる思いだ。

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