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7月, 2018の投稿を表示しています

7/29、 日曜、不思議な縁

日曜日の昼過ぎ、台風一過の田舎道を自転車で北上する。千曲川にかかる橋を渡り、浅間山の方向に進む。先日50年ぶりに会った高校同級生、その後連絡ないので、前日電話した。 スマホのナビを見ながらの走行、車通りが少ないからまあよしとするか。ナビ画面は、方向と距離は出るが、坂道の勾配など表示されない。自転車にとって、この情報こそが最重要項目なのに、、、。暑い日差しの14時過ぎ、15分ほど前に電話を掛けると、外出中とのことだったが、近所の畑での作業中だったらしい。車一台が通れるくらいの細い横道の奥に彼の家があった。 素晴らしいお家だった。その描写は、いつか改めてしたい。 息子さんに案内されて、笑顔のHJ君が顔を出し、そして初対面の小柄な奥さんと会う。あれこれ話しているうちに、義妹のこと、そして私の父のことまでお二人が面識あると言うから驚いた。 父も、義妹も仕事のことを話すことはほとんど無かったから、お互いに前々からあった不思議な繋がりでまた話が広がる、縁とでもいうのだろうか。 あっという間にい時間以上が経過、軽トラックの荷台にあった野菜の苗をHJ君はこれから植え付けるのだろう。律儀で誠実そのものの、昔ながらの風貌はまるで変わっていない。お土産にいただいたのは丸茄子と、スジ茄子。手ブラで行った私は、少々きまりが悪かったが、ありがたく頂き、肝心のこと、LINE連絡は、ガラケーの彼ではなく、奥さんのスマホと接続出来た。 立ち去るとき、背中にほのぼのとした温もりが感じられる、爽やかな訪問だった。

7月28日(土)、雨中、チャリでHpへ、

4時半頃、目が覚める、外は曇り空、程なく雨がポツリポツリ。 朝飯は、昨日の残りのホットケーキと黒砂糖パン3個、そしてコーヒー。 お花をピンクと、黄色の花夫々一本ずつ追加、食欲イマイチだが、しっかり食べないと。 茹で卵4個まとめてボイル、ひとつ出すと、ちょうどいい一部半熟。 雨が降り出して、外出をしばし躊躇させる、意を決して雨合羽を被る。 外に出る、当初は小降り、危惧したズボンも殆ど濡れなかったが、SKHpへ向かう道に入った頃には雨量が増えてきて、漕ぐスピードはダウンできない。 ようやく、Hpの見えるところまで、右手に真っ赤な花あり、後で撮影したもの。 2Fに行き、先ず来ているもの全てを脱ぎ、ズボン以外はお洗濯。幸い誰も入ってこない。昨夕買った揚げパンを温めてインスタントコーヒーで少し腹ごしらえして、2F病室へ。 母が上半身を起こして座っている。体温は36度台、まあまあか、KBYS先生のリストをみて部屋を出ると、ラウンジに新聞あり、何気なく開くと、注目記事二つあり、  ひとつは、「山ろく清談」、バイオリニストの原田幸一郎   「人間にとって、音楽は衣食住と同様に基本的な要素」  もうひとつは、「思索ノート」、荻原博子    「想像力」を失った政治  と現政権の愚策を批判する そしてTVで、、、 エクソソーム   http://team.tokyo-med.ac.jp/ims_onc/research/report01.html もうひとつあり、 昨日STMの親分から返信あり そこに「原田洋子の本、お勧め」 とあり、 調べると、 イタリア在住のジャーナリスト  >>  http://kangaeruhito.jp/category/express  以下、インタビュー記事を 引用する >>  昨年刊行された『ジーノの家 イタリア10景』は、日本エッセイスト・クラブ賞と講談社エッセイ賞をダブル受賞、イタリアに暮らすごく普通の人々の日常を伝える10篇のエッセイが収められる。  行きつけのバールで小耳に挟んだ警官の話に興味を持ち、ミラノの無法地帯に出かけたり、行方知れずになった知人の犬を奪還する現場に立ち会ったり、「これ、本当の話なの?」とよく聞かれるというのも頷ける、上質の短編小説のような作品群。実際、編集者から「小説に

7月27日(金曜)晴れ、仕事休みの日、午後Hpへ

夜間、この日も4回トイレに起きる。入り口脇の上下スライド窓から入る風はひんやりとしている。庭の虫の音は、もう秋モード。 4時、離床、ふらつく関節と残存腰痛をなだめつつ、庭の草むしりと乾いたところへの水遣り。 何やかにで、朝飯は手作りのホットケーキとコーヒー、昨夕のスイカの皮を煮込む。 シャワーを浴びて、下着洗濯、縁側に出しておいた古いズボンが使えそうなので外のバケツで水洗いして干しておく。 母屋の2階へ行き、テーブルに座って、はがきを書こうとするが、見当たらない。一旦下に戻り探すと52円の古いハガキ2枚あり、それに10円切手を夫々貼り、京都へ万年筆で認(したた)める。文章をあれこれ考え、「~ 大学時代の友人が、遊びに来るのを楽しみにしています、もし、機会があれば、どうぞ。新幹線、、、、~」と書き終えてから宛先がわからないことに気付く。部屋に戻って探すも、見当たらず、どうやら職場の机の中らしい、、、。 探して発見、宛名書きして14時半に投函。2F病室で母の顔を見てから車を走らせる。時間は17時近く、望月の先、芦田へ行こうと思ったが、意外と交通渋滞。方針転換、岩村田から小諸の妹のところへと変更。ナビで車は東の方向へ。ちょうど、コンビニあり、そこで振込み3件、約2万と2千円なり。19時までの1時間、141号線を北上し、電話をかける。 ARG家で、母の受け入れ先について相談す。母屋の改築も視野に入れて、介護認定の手続きも、それには訪問介護、食事の依頼も手配せねばと、 いとこ会についても話すが、はて、いつになるのいやら。 19時刻々と迫る。ふと、思い出したのはピアノのこと、お店に行くと、先日の女性がすぐに出て、少し会話。すぐに、会場へ。 講演は、ちょっと変わった視点。どいうやら市立Hpの副院長と同級なのか知り合いなのか、 講演会後の懇親会では、KMT会長と話する。そして、近くで開業している、名前を失念したひととも話しをし、頃合見て帰宅。途中で24時間スーパーで買い物、 満月なり。

7月26日(木)、MT夫命日、尿閉タイの人、JNKとST子さんお見舞い

夜間、4回もトイレ、4時起床。弟MT夫4年目の命日、庭の花を採る。 つる草がからみ、夫々取り除くのに手間取り。 6時10分、少し前に納骨堂へ。手前の公民館前に車あり、義妹、甥は既に花を飾り待っていた。 持参した花束新聞紙包みを手渡すと、それを左右に分けてている、持参した黄色の花が入るとバランスいいのだろう。(とインプットしたが、昨日寝転んでスマホ乳入力は??) それで思い出した、もう一つタブレットの大と小。 木曜のデューティーはすぐ終わる。場所は日替わり、といふかこの日は午前と午後が異なるからややこしい。 10時半、頼まれた炎天下に老健へ。幸い大事なし、一人Ca末期の鎮痛剤云々で説得に。 DM全盲、脳転移、三重四重苦、どの視点から話すのか、それを忘れてはいけない。 少し早目のランチ。昨日から丸い入れ物のご飯。これが食べやすく、洗い易いので重宝。 右向かいのKMTくん(といったら失礼か)オペの話などできて垣根が低くなりつつある。  タブレットと、レッツノートの無線接続を検査科の人と相談したが、わかったような、わからないような、、、。と、14時半、無愛想な表情で告げられたのは外国の人がどうのこうの、、。尿閉らしい。呆れるほど呑気なものだ、未だにわからないこの環境。形骸化したシステム優先なのだろう、しかも、それについて疑問を持たない、、、。 普通の救急現場では、一分一秒の遅れが命取りになる。ところが、こうした「常識」、いや「フツーの概念」はいずこに? 事務手続きを、ひとつひとつ確実にと、ソ連や旧東欧のお役所そっくりのシステム優先だ。しかも、電カル様様だから、それに入力しないと運行できない。 私は、口頭で初期情報が入ったら、最短路ですべきことを考える。先ず、エコー、そして導尿、話は検査しながらでいいはずだ。、、<中略; これについては、場を改めて、、、> 兎に角、異国の方は、感謝の礼をして部屋を出て行った。気持ちは、言葉云々ではない、自ずと伝わるもの。 あっというまに15時半、妹JNKの仕事が終わる時刻だ。2Fでは編み物の毛糸が切れて、母が手持無沙汰で待っている。せっかちな私は、数回顔を出す。、、、、程なく電話あり、玄関へ行くが、あれ?、すぐに2Fへ行くと、妹とその義母88歳がいた。JNKは、いつも気配りが上手く、持参した冷たい飲むヨー

7月25日;(水曜日)、ノートパソコンとタブレットの使い分け?

日記をつけないので、ブログの管理が大切だろう。 で、ノートパソコンとタブレットの使い分け、それが問題だ。 幸い、2F図書室にネットケーブル発見し接続、これでキーボードから入力できる。ありがたし カンファランスはDrKBYSまだ戻らず、独自の判断で行う。母は頑固でリハ拒否、参ったが、なんとかして説得するしかない。 夫々LINEで連絡。 未明の夢;Ex.BLGに書いたが、夢で会う、夢でしか会えない、、、 >> https://mouroku1949.exblog.jp/28512966/ 使い分けは 次のようにしたい;「美人の日本語」や「ことば、言葉」は Ex.-BLG                「日常のこと」関係は -->A.-BLG            「お仕事」やメモなどは このBlogger とまあこんな風に

7/24;(火曜日)、世界各国で猛暑持続

連日の暑さ、自転車通勤。 職場に着くと、すぐにランニングシャツを脱いで上半身を清拭、 午前の合間に老健へ行くが、外の猛烈な暑さは、地面からの照り返しも大きい。 世界各国でこの異常気象が報道されている; https://www.jiji.com/jc/article?k=2018072400187&g=smm 米国では52度、北極圏でも33度で、各国で死亡者が続出。 午後の昼休み、本郷の叔父からの葉書に返信、便箋1枚半を万年筆で書くが、切手が見当たらず、とりあえず予備の90円切手で投函。 帰途、夕日の落日を左手に見ながら自転車を走らせる。同級生からのLINEに返事、夕焼けの写真撮影も。妹JNKの左手、どうなったかと心配してたら、電話あり、26日にHpへ見舞いに来るという。 夕日を撮影したり、同級生に、昔の記憶云々でプロメテウスのことを思い出したり、、 暗くなってしまい、スーパーで買い物。カレー用の肉など購入しライトを点けて帰宅する、先ず、して庭の畑などに水遣り、水汲み。夕飯は8時半以降。そうめんカレー風味の野菜たっぷり煮物。

7/23(月);入院二日目、夕勉強会これがプレゼン?

入院2日目、母の様子は   ----> https://ameblo.jp/dadkoala/day-20180723.html 夕方、帰ろうとして小腹が空きクリームパンを持って図書室に入ると何やら集まりがある。TVモニター前にはDrOSM ともうひとり、はて誰だっけと、インスタント・こーひーを入れながら見たら副院長。傍らにMRさんが立っている。MRとは、Wikiによると >> 医薬情報担当者 (いやくじょうほうたんとうしゃ、 英 :  medical representative 、 MR )とは、 医薬品 の適正使用のため 医療従事者 を訪問することなどにより、医薬品の品質、有効性、安全性などに関する情報の提供、収集、伝達を主な業務として行う者のことを指す  >>> 電カルのモニター前のテーブルにはお弁当の包みがあるから、なるほど、TV中継の講演だと納得。パンを頬張りながら、電カルと左側のTVモニターの両方に目を走らせる。 内容は、「心不全」云々と利尿剤云々。 ちょうど母のBNPが661と予想外に高値だったので、講演に注目する。 しかし、どこかのオエライさんは、早口でまくしたてる。プレゼンの基礎が小学校からしている米国とは雲泥の差。何回も同じことを機関銃掃射していたので、ポイントは見当つくが、、、、 とにかく、タナボタのお弁当。ありがたく頂きたいが、パンを2個たべたばかり、チャリにぶら提げて、夜道を帰る。冷蔵庫を開けると、ビール缶あり。これ幸いと、でも一人で飲むのはと躊躇いつつ、プルタブを開ける。 最初の一口、これが実にいい。やはり我が国の風土料理にはこの○○ビールが最高だ。それにしても350mlは多すぎる、その半分でもいいのにねー。 そういえば、どこかのメーカーが100mlのコビール缶をコンビニ販売始めたらしいが、頓挫??

7/22(日曜)以降は母緊急入院でバタバタ

7/22(日曜)以降は母緊急入院でバタバタ 22日(日)の経緯は --->https://ameblo.jp/dadkoala/entry-12392679216.htm

5月13日、日曜、曇りのち雨、マレット、BQ

5月13日、日曜、曇りのち雨、マレット、BQ 自転車で初参加。それにしても、公園への坂道のきついこと、、、、 膝と心臓の両方が悲鳴を上げる頃、現地到着。既に多くの人々、、 初のマレット・ゴルフ; 半分バカにしていたが、これまたかなり奥が深いようだ。 そしてBBQ

5月12日、土曜日、晴れ

5月12日、土曜日、地震 DCへLINE,「時つ鳥」、ホトトギスのこと 万葉集では一番多く詠まれてた 別名には、子規、不如帰、菖蒲(あやめ)鳥、早苗鳥など多数 「啼いて血を吐くほととぎす」 大きく口を開けて、真っ赤な口の奥を見せ、昼も夜も啼き続ける 今の時代、時つ鳥が必死で告げようとしているのは、何だろうか。 5/11は、「慰め種(なぐさめぐさ)」 「種」を「くさ」と読む 心が慰められる、いわば、「魔法の種」 図書館へ、そして隣のJAでリンゴをゲット;10戸で298円なり 明日はマレット、 マットレ

6月5日、火曜、自転車

6月5日、火曜、自転車 YKR成田着くも YKR、静岡へ? ビザ?? 朝からイラつく一日。YKRはWiFiのある所しか連絡つかず、VISAがどうのこうのと。 そんなことは、前から判っていたのに、なんと準備が悪いことか、、、

7/21;Saturday, fine;降圧剤の副作用;浮腫について

今朝の事件は、母の熱中症騒動。それもまず一段落。 暑中お見舞い印刷して投函、17枚、一枚は切手ないので、コンビニへ、ついでに支払いも、日がかげる頃を見計らい。 昨日、記入途中のアンケート、その煩雑さは、、、?? でもひとつだけ瓢箪から駒;それは、CCBの副作用について;「末梢浮腫」 ->> http://ph-minimal.hatenablog.com/entry/2015/11/18/223542 >> カルシウム拮抗薬(CCB)といえは国内で1、2を争うシェアを誇る降圧剤であり、高齢者でも使いやすく、高血圧の第一選択薬として用いられることが多いです。CCBでたまに問題となるのが末梢の浮腫です。 Managing Calcium Channel Blocker-Related Peripheral Edema - Handler - 2007 - The Journal of Clinical Hypertension - Wiley Online Library The Journal of Clinical Hypertension Volume 6, Issue 7, pages 400–402, July 2004 患者の アドヒアランス の低下につながるCCBの一般的かつ特有の副作用として末梢浮腫がある。 CCBによる浮腫は男性より女性に多い(男性11.8%、女性15.6%) CCBによる浮腫 は、 体液貯留とは異なり (unlike fluid retention)、 利尿薬が効かない (is not diuretic responsive)。非特異的な血管拡張薬の ヒドラ ラジンなどでも起こる。 CCBによる浮腫の機序 CCB→輸入毛細血管細動脈の拡張→輸出毛細血管細動脈は拡張しないため血管静水圧が上昇→体液の間質への流出 >>> 尚、ヒドララジン(アプレゾリン)は、妊婦さんにも使えるとのこと;->https://pharmacista.jp/contents/skillup/academic_info/gynecology/1962/  >> 妊娠中の降圧剤の第一選択薬は妊娠20週未満では メチルドパ (商品名 アルドメット )、 ヒドララジン (商品名 アプレゾリン )、 ラベタロール (

7/20;Friday, fine: 車で静岡、安部口新田知人訪問、島田へ

4時頃に朦朧として、庭に出る。まだ薄暗い中、野菜などに水遣りし、川からバケツに水汲み7-8杯。後で妹にラインで土曜日の水遣りを頼む。 冷蔵庫からアラ煮を出して、マカロニ少し加えて火に掛け朝食に、その間にシャワーやお出かけの準備、4分でマカロニ煮えるので、その間にシャワーを浴びる、パンツとランニングシャツだけ洗濯しそのまま車に入れて干す。クーラーボックスには煮物と冷凍させたペットボトル大小各一本ずつ。それにゆで卵4個とミニトマト(これは結局内藤さんへのお土産にもなった) 5時15分、車を出す。hと見ると、ワイパーに雨蛙一匹、どうしようかと思案しているうちに吹き飛ばされて、、心配するがまあ仕方がないかな、。バイパス経由で南下、順調に走らせると、あっという間に韮崎も経過。富士川沿いで1回トイレ休憩し、身延手前で交通渋滞あり。そこでJNKにラインで連絡。 清水からバイパスに入り給油。セルフ久しぶりで店員に聞いてカードで支払い、リッター146円なり。 竜南でOKNさん宅へ行こうと思い、カルピス八幡Mに行くと9時少し過ぎ、冷蔵庫から保冷剤4個ほどもらいすぐ出る。国1に出るところでお世話になったNITさんへ電話すると、なにやら元気のない声。10時半、お日様カンカンの中、コンビニに駐車して、訪ねた。案の定、チャイムを押しても出ない、引きこもり・鬱状態。締め切った部屋にテレビが点いて、扇風機が回っている。長男が今朝も心配して来てくれ、今度の月曜に受診するとのこと。30分ほど話したが、当初はどうなることからハラハラ。髪はボサボサで食事を作る気力もないから夜だけ息子さんが祝辞を運んでいるとのこと。 とにかく、拙いながらも話した、同級会のこと、ピアノ、音楽のこと、今している運動のこと、すると、昔はフルートもやっていたし、合気道をやっていたという。無理に勧めないが、話しているうちに、表情がやや好転しただろうか。そろそろ、お昼になり島田にも行かねばならない。暇を請い、外に出た。 島田にはちょうどお昼に着く。持参したブリの煮物を食べ終わった頃に、事務長が顔を出す。今後の予定、12月、といわれても、、と言葉を濁す。

7/19; Thurs slightly cloudy 朝夢、ヘアーカット、持ちつ持たれつ;夕講演・認知症

未明2時半頃、中途覚醒、ミルク少し飲む。その後、うつらうつら、4時頃に夢を見る; ギター部の夢、誰だろうかFKさんかはっきりしないが、彼女に連れられて集会所らしきところへ行く。そこには清水さん、大小と杉田さんだろうか、3人が座っている。私は大きい清水さんへ声をかけるが何故か無反応、ほどなくそこを出たところで目が覚めた。 夕の講演会あり、少し躊躇するが3日連続でチャリ出勤とする。けふは可燃ゴミの日、シャワーを浴びつつ、髪も切る。汗の季節、ヘアーカットは1月半ぶりか。 昨夕のブリ大根火を通し、用意したお米2合を炊いて朝食とお弁当作り。全てをリュックに入れて出発、いつもなら千曲川沿いのSKHp東通りを進むのだが、この日は図書返却のため、国道○□坂手前で右折し、返却口へ文庫本を入れる。ちょうど登校する学童3名を追い越しつつ坂を登る。 Hpに着くと、既に7時半、汗に濡れたランニングとシャツを着替えて洗濯と同時に洗面。同僚OSM,、KBYS,、UTK 前後して顔を出す。上半身の汗を拭っていたら、机右となりのOSMDrkara,けふも老健をと依頼あり。即諾、持ちつ持たれつ。 持参のパンを食べて、Wardへ。昨日入院DIVのバーちゃんは笑顔が嬉しい、その前日のジーちゃんもこれまた破顔で挨拶。火曜日に入ったICU(ちと大袈裟)は食思不安定で、7時半はまだ眠っている。 外来は、ようやく慣れてきたのか通常投薬2名と、だるさ、食思不振数名、途切れることなく検査・点滴中に、今朝言われた老健にも顔を出す。 (この記録、当日出来ずに、翌日島田でインプットしている、、)

7/18; fine, bicycle

4時頃から半覚醒、アラームで離床。庭の草むしり、今日は埋め立てゴミの日らしいが、袋見当たらず、母屋台所東口のゴミを整理。 6時朝食、昨夜の残り鍋に野菜など入れ卵スープ、昨夜冷凍庫から出しておいた全粉粒食パン一枚をやいて食べつつ、出勤用意。シャワーを浴びて+6時37分に出発。 PM3時過ぎ 88M 熱中症 DIV 食べられずBW 5キロ減で入院

7/17; 火曜日、晴れ、自転車、老健2回

4時前に起床、両膝のストレッチとイチロー・ストレッチ、水汲みバケツ8杯分はちと腰に辛い。朝食後にシャワーを浴びて、6時15分過ぎに自転車で出発。半ズボンで風が心地よいけど、向かい風と緩徐な登り坂で膝大腿の負担大きい。56分ほどかかってHp到着、シャツを着替える。 午前のデューティーは6-7名、10時半には済ませて、老健へ。先日転倒後食欲低下の女性、点滴だけとも思ったが、心不全で胸のXpをみて、DrTHRに入院の相談し、ほか人を介して交渉。 14時半過ぎにも、食べられないとの相談が老健2階からあり、炎天下帽子も被らず急行す。幸い、ベッド上に起こすと食べられそうで、安堵。 16時頃に、3日前から頭痛嘔吐の40歳代女性あり、腹部にOp瘢痕あるも無関係、頓用10回分だけ処方。 ネットで情報検索;https://ameblo.jp/sugartv/entry-11301301819.html ◆脱水状態に最適な経口補水液の作り方 <材料> ・水・・・1リットル ・塩・・・小さじ1/2(3g) ・砂糖・・・大さじ4と1/2(40g)

7月16日、月曜、休日、薄曇り、Hpへ

ミニトマト、一日サボると片手では収まらず3回分の収穫あり。 ありがたいことに薄曇り。このチャンスを逃してはいけない。 7時前、6時50分に自転車で出発、ごみ袋を片手に集積所へ行き、そのまま南へ進む。 休日なれど、DrKMTと会う。携帯ショップの場所を聞いて、昼過ぎにそこへ行くも、対応イマイチ。尚、帰途、SKHp東脇の道路を通ったが、これはNZWに抜ける道で、意外と適した通勤路かもしれない。 昼過ぎ、朗報あり、八木君から8月の26-27日に長野へ来るという!! 6時少し過ぎるとやや涼しくなる。自転車にリサイクル容器など入れてSEIYUへ。

7月15日、日曜、夕方、セイユーへ

イメージ
あまりにも蒸し暑いので、母屋にいたり、夕方まで待つ ようやく涼しくなる18時40分ころ、自転車で野沢に向かう。 緑の袋にリサイクルの容器(土曜日の弁当箱など)を入れて、それに買い物した品を入れる。初めて鶏肉のミートボールを買ったが、、、 帰りは、もうすっかり日が暮れて、西の空、細い三日月というよち1-2月よでもいうのだろうか、針のようなお月様、自転車を止めて写真をとろうとおもったが、気が付いたら、雲に隠れてそのまま 月没。 月齢について調べてみると;やはり三日月だろうか 暦と天文の雑学 http://koyomi8.com/reki_doc/doc_0203.htm 新月 (しんげつ) 1日頃; 朔のこと。月が見えない時期のため、昔は三日月から逆に遡って、朔の日付を求めた。新月の呼び名は英語の「New Moon」からだそうなので、そんなに古い呼び名ではないみたい。 繊月 (せんげつ) 2日頃; 二日月(ふつかづき)とも言う。日没後1時間前後のまだ明るい空に、繊維の様に細い月が見えることがある。 三日月 (みかづき) 3日頃; 通常、新月後最初に出る月であったので、「朏(みかづき・ひ)」という文字で表されることもある。三日月には異称が多く、初月(ういづき)・若月(わかづき)・眉月(まゆづき)など(・・他多数)とも呼ばれる。異称の多くは最初に見える月だということや、その形からの連想 上弦の月 (じょうげんのつき) 7日頃; 夕方西の空に見え、西側が明るく輝いている。夕方の空にかかる姿を弓の形になぞらえると、弦を張った側(欠けぎわの側)が上に見えるからこの名前 十日夜の月 (とおかんやのつき) 10日頃 上弦の月より幾分ぷっくりとふくらんだ月。旧暦の十月の十日には、「十日夜」と呼ばれる行事があり 十三夜月 (じゅうさんやづき) 13日頃 古来、満月に次いで美しい月とされたらしく、月見の宴などが行われていたようです。美しさについては個人の好みの問題だ。 小望月 (こもちづき) 14日頃 満月(望月)の前夜。幾望(きぼう)ともいう。幾は「近い」の意味だそうだ。 満月 (まんげつ) 15日頃 異称として、望月(もちづき)・十五夜(じゅうごや)などがある。満月も英語の「Full Moon」から。 市民天文台などでは、満月に「観望会」など開い

7月14日、土曜日、18時 公民館で岳南会総会

17時半過ぎ、部屋のベッドで寝転んでほんを読んでいたら、近所のSHITさんがひょっこり。 私は、それから支度をして5分前に会場へ、1500円の会費を払い席に座る。 21時頃に帰宅

7月13日、金曜、晴れ、自転車で野沢会館、中込KBYS家へ

メモ帳に「ステラ」?? はて? 困ったことに 記憶がない(医局の廊下の案内で小諸のステラ、胆道研究会、ようやく思い出す) 中込会館へ自転車で行くが、CW杉田さん不在、調べると市役所近くの事務所らしい、そこで千曲川を渡る。ふと、KBYS家を思い出し、踏切近くで電話する。

7月12日、木曜日

7月12日、木曜日 4時半、DCへノウセンカズラ(前日、中のお寺で撮影)を送付。 まだ薄暗い納骨堂、そこで写真撮影してDCに送る。誰が生けたのかたくさんの黄色い花。 ふと寂しくなってDCへ電話するも、仕事中にて不可とLINE。クロアチア―英国戦で 2-1. 若さの英国、老練なクロアチア。 7/3の日本語は「先初小藤(さきそめこふじ)」 7/4の日本語は「黄昏(たそがれ)」 7/5の日本語は「明日(あした)」

7月11日、水曜、晴れ、終日外出なしとは、、、、

7月11日、水曜、晴れ、だったと思うけど、 何ともいえない不思議な1日。 DCからのLINE、ただそれだけ。といふことは、まだまだ修行が足りないといふことなのだろう。 当日の記憶は曖昧で、LINEの記録から、少しずつ思い起こす;

7月10日、火曜、午後受診して同級会、

晴れの午前中は、草むしり。14時半に車を出す 初めての整形受診、予約は、15時半だが、15時前に受け付け、 診察は、予想外にあっさりと。薬なし、 ともかくも 再発懸念で 慎重に  前日のLINEにて、午前中は大人しく自宅で過ごす。外はお日様燦々。 ともかくも、車で行き来, 16時前には自宅から、チャリでSKDR駅へ向かう。 何しろ、お墨付きの自転車、でも慎重にゆっくりと30ふんほどかけて駅北に駐輪す。 17時5分前、呼吸を整えて、会合のお店の扉を開くと、 そこには、 9割がたの至福感と、1割弱とでもいうのだろうか、なにか忘れているようなもどかしさ、 それを胸に、夜の路を南へ。

7月9日、月曜、DrKBYSよりLINE、夕、松本家へ

7月9日、月曜、DrKBYSよりLINE、夕、松本家へ

7月8日、日曜、SKR早朝発、佐久平、そして長野、小諸、昇一、蛍

7月8日、日曜、SKR早朝発、佐久平、そして長野、小諸、昇一、蛍 この日も盛りだくさんの一日。 4時には車で出発、

7月7日、土曜日、SKR終日

7月7日、土曜日、SKR終日 前日からSKR2F泊、冷蔵庫あり、給食配膳で買い物最小限、 佑も外出せず。 所内安定、夕、1FのAKYMさんに翌朝のこと相談すると、靴を1Fへ置いてくれるとのこと、助かった、、、、

6月26日、火曜日、6時にHp着。早朝岡の上を散策

6月26日、火曜日、6時にHp着。眩しいお日様の光を受けて、岡の上に続く階段を昇る。早朝岡の上、まだ誰もいない道路、右回りに散策。 老健;2F、ラウンド後に電話で呼び出され、 DIVを指示す。たった500mlの水でお年寄りは元気を取り戻す。気になって、点滴の終わる頃にも顔を出した。

7月4日、水曜、曇り、退院手続き、蛍2

4時前に起床、ゆっくりストレッチ。朝食後にシャワー 不本意ながらも、入院3日目。転んでもただでは起きない、この経験を無駄になどしたくないとの思い。思い、重い腰をゆっくりと、無理を掛けないよう、身長に腰を動かす。 シャワー室は二つあると初めて知る。手前のやや大きい方を教えられて、頭の先からスッキリさせる。 8時半頃、2Fで私のMRIを見ていると、DrKBYSが後ろに立ってのぞき込む。 所見は主に2カ所、症状と一致する。これで右足裏の痺れとも合致する所見で、妙な気分となる。 部屋の差額は予想以上の金額となったが、まあこれは高めの授業料。必ず身につけて糧とする。 薄曇で薄日の中、車でバイパスを走る。 夕、片貝皮の箸の袂、蛍の和は、先日の3分の1か、でもスー、スーっと近寄る幻想の光に見とれてしまう。

7月6日、金曜日、曇・雨 車で静岡、島田へ

一つの言葉と、それに込められた様々な思い サッカーW杯、西野監督が語った小さな選手が話題となった; そこに””リトル・ホンダ” https://matome.naver.jp/odai/2138927616458583301/2138928188163113303 もう一つは、フェアプレー云々: 「日本はボールを蹴りに、○○は人を蹴りに来た」; ファウル数、イエローカード数の集計があるらしいが、それについてネットで調べてみると--> https://www.mag2.com/p/news/245753 童謡「夕焼け小焼け」、 ♪ 夕焼け小焼けで日が暮れて 山のお寺の鐘がなる お手々つないで みな帰ろ カラスと一緒に帰りましょ ♪ 日本の新聞社特派員が、某国でこの話をすると、 同年配 の知り合いは、次のように話したという; 日本ではカラスまで一緒にさそって、みんな手をつないで仲良くしようというんですよねぇ…。それに比べると ○○ 人は、この「お手々つないでみな帰ろ」ができないんです――。 安全で平和な島国である日本では、 お互いに仲良く力を合わせて仲良くやっていくことが 、 幸福への道 であった。時折、台風や地震が襲ってくるが、それらも皆で力を合わせて乗り越えていく。そうした社会では、恒心、すなわち、 安定した価値観と心持ち を持って、生きていくことができる。 それに対してこの国は、周囲の大国のパワーゲームの舞台とされやすい。半島は 古代から中国と日本のせめぎ合いの舞台 であり、近代に入ってからは、ロシアやアメリカが加わり、さらに国土も南北に分断されて軍事的対立の中で生きてきた。国内も親中派、親日派、親露派、親米派などに分裂し、抗争が続いてきた。そのような不安定な社会では「みんな仲良く」などというのは絵空事である。「 俺が俺が 」 と他人を押しのけ 、 生き延びていかねばならない 。 <中略>   体面、肩書きを重視するかの国では、自転車に乗るのは最下級の人と思われレしまう、、、  そして結論は--> このような幸福な社会を築いてくれたご先祖様に感謝し、 それをさらに維持・発展させて 、 子孫たちに受け継いでいくべき責任 が、我々の世代にあることも自覚すべきであろう。

7月5日、木曜、休み、終日雨、メガネレンズ交換

午後、長靴を履いたダサイ姿で眼鏡店へ 夕刻、片貝川に箸の袂、蛍は二匹のみ

7月3日、火曜日、入院2日目、16時MRI

7月3日、火曜日、入院2日目、16時MRI

7月2日、月曜日、命日、腰痛で午後入院

午前中も痛みで動けず、午後になり入院準備し、シャワーを浴びる。 車で17時に初入院

7月1日、日曜、朝蒸し暑く、悪魔の一撃

腰痛で終日動けず

6月30日、土曜、朝Hp-佐久平、ARG家、MTMT家、そして芦田、蛍

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腰痛で終日動けず、、、と一応入っていたが 記憶定まらず、YKRとのLINEを見ながら、思い出す。今メールで転送; 6月30日、土曜、朝Hp-佐久平、ARG家、MTMT家、そして芦田、蛍 写真を見ると、茄子、ピーマン、ホウレン草、送信時刻は4時33分となっている。 こうしてみると盛りだくさんの1日だった;上記写真は、旧メルアド経由でDownload ファイルへ、、とややこしい手続きを経てインプット。 ということは、このファイルを別に転送も可能となるわけだ。 再びLINEの記録を辿る; 当日の東雲(しののめ)、野菜を採っている数分後にはこの色彩は消失していたが。

6月29日、金曜、晴れ、小諸、岩村田、芦田、そして蛍

早朝車で Hpへ、DrOSM と会うまもなにか異様な空気あり、早々に車でバイパス 夕方、、ふと思いた七地、空はは、らあめい