Print.12月5日用の資料;H29年12月4日、月曜

A.Hosp.にて背景、など資料、HpのWifi でタブレットとコード接続し、ようやく印刷可。安堵、これでひと安心。
帰途新幹線の車中からの入力だが、やはりスマホからの入力は難しい。
と、改めてインプット;
前日本郷泊、今朝も4時に離床、昨夜の残り物をタッパに詰めて新たに野菜スープを作り、お握りなどで簡単な朝食。6時28分初の列車をと思って外に出るが、5-6分後に忘れ物に気づき引き返す。このタイムロスが拙かった。ウェストバッグを忘れるなんて、、、、。
結局6時53分発の新幹線としたが、結果オーライ、今後はこの列車にしようと思う。途中高崎で妙義山、浅間山が見えることを発見、スマホに取ってDCの娘にLINEで送る。
駅には8時12分着。A.Hosp.3階の医局で上記の印刷をする。
残り時間で机に座り、残りの朝食、熱いコーヒーでリフレッシュ。Dr.IKDは朝から探すも、結局会わず仕舞い。とにかく乗りかかった船、5階に行ってPtの顔を診ると元気回復の笑顔、これがあるからこそ張り合いが出る。2階の外来に行って、そのことを話したら怒られた。余計なことをすると、あとで面倒なことになるかもと。
ようやくエンジンがかかってきた。診察は余計なことをしないくてすむメリットもあるから、まあ長いもの巻かれろということだろうか。雑談も重要な潤滑油で、いろんな情報が役立つ(だろう)。
ふと気がつくと、12時6分前、担当のチョイコワNrsがそれとなく声を掛けてくれて、ランチタイムに。
何せ、ここは一時間しか休みが取れない、と文句を言っても始まらない。
昼は、叔父からの頂き物のご飯をチンして、あとは適当に食べる。手作りの野菜スープごった煮は意外と美味い。林檎を切ろうとしてナイフを探すが見当たらない。1人の若い人に聞くが素っ気ない返事で、どうしようと思っていたら、別の人がこえをかけてくれて抽斗内の包丁類から手ごろなのを取り出す。こうしたちょっとしたコミュニケーションが、人生のひとコマとして刻まれるのだろう。
午後は、そういえば予約なさそうで、何気なくうろつくとHYSさんが声を掛けてくれた。近所のHD施設からのジュースやビールの詰め合わせがテーブルの上にあり、どれでも好きなものをと彼女はいう。まさかビールというわけにはいかないので、マスカットのジュースを飲みながらHDとDM、院内の施設関連の情報を得る。
外は、鉛色のそら。時々雲が薄くなり浅間山がきれいに見える。スマホで撮って、OGWR君などに送る。
Gyne Drから声をかけられた。そういえば、最後のPtは高3の女子。父親と一緒に来たが、母親がどこそこの看護学校教員らしい。問診表をみると、なるほどなあと感心し、当初はPsycも懸念したが単純な炎症だろうと判断したことを話す。
翌日14時の会見資料は一応準備できたので、八戸のKMIさん宛に手紙を書き始める。万年筆を忘れたのでボールペンだが。
帰りのバスの時刻をチェックし、19時発に間に合うべく、16時46分発の列車とした。駅で特急券を1日繰り上げ、これは窓口にいちいち通さないといけないらしい。
LINEでJKより上下水道云々でETKさんへ連絡せよとのこと、ちょっといわかんあるも、まあおおらかになるようにしかならない。
バスはほぼ定刻の22時過ぎに北口到着。

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