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Summer "bokeh"; R2-8-31, Mon

月曜日、8月最後の日、31日; https://note.com/mourokukoala/n/nefbfeb01b046 未明、事務長にLINEして、9月以降の勤務/休みを伝える。 7時前にチャリで職場に着く。前日の日曜日も猛烈な残暑で、何をする気にもなれない。 本を開いても、数行で頓挫。読む気も失せている。 「夏ボケ」といふ英語があるのかと、検索したら ーー> Summer "bokeh" と出た。 ウソーっ " bokeh " "bokeh" を改めて 調べてみたら・・・・ https://camera10.me/blog/tips/cameras-trivia/bokeh >> 英語で “Bokeh” が使われるようになったのは、どうやら1997年頃に海外のカメラ雑誌で紹介されたことで広まった (WiKi) つまり、   写真の"ボケ"は世界の共通語 「ボケ」は、 呆け、あるいは惚け と書かれるように、知覚などが鈍った状態(故意も含めて?)いふけれども、漫才のツッコミに対してのボケもある。 むしろ英語のほうが明確な定義かもしれず、    the edges of what you  see  are  unclear   とか  blurred ,  obscure ,  unclear ,  fuzzy >> “Bokeh” が使われる以前は ”Out of focus” でしたが、これは英語の辞書で調べても単純にピントが外れているといった意味になり、”Bokeh”とは意味が違ってきます。曖昧な表現にうまく名前をつけるのは日本の独壇場。 まさにその通り。

Cognitive Test and ” septuagenarian” ;R2- 8-12, Wed.

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昨日、8月の11日は火曜日。前日が休日で、ようやく市役所へ向かった。 既にお日様が燦燦と照り付ける9時過ぎに、私はネグラのアパートからオヤクショへと車を発進させた、、。 ところが、あまりの暑さでボーっとしてしまい、いつものコンビニ角をうっかり左折してしまった。 習慣とは恐ろしい、ここ2か月間行き先が毎朝SMD方面一辺倒で、かのオヤクショ場所が反対方向だと気がついたときは、もう右折車線に移動できるスペースなく、仕方なく次の交差点まで1キロほど進まざるを得なかった。 イントロでこの失敗を書いたのには意味がある。ソレガシは齢(弱い)71に驚くなかれ1か月プラスの高齢者になってしまった。 最新?(平成29年度)内閣府のdataによると >> 65歳以上の認知症高齢者数と有病率の将来推計についてみると、平成24(2012)年は認知症高齢者数が462万人と、65歳以上の高齢者の約7人に1人(有病率15.0%)であったが、37(2025)年には約5人に1人になるとの推計     https://www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/w-2017/html/gaiyou/s1_2_3.html これを書い内閣府のオヤクニンは、二ホンには肝腎の認知症に関するデータが無いことに気づいたのだろう、2012年のコーローショーのデータしか引用していない。 そもそも、その調査自体の手技内容も不明だからどうしようもない。 このデータの根本的な問題は、「認知症は、症状が出てからでは、既に手遅れ」といふ経験則からすると、どういった意味があるのか、ボケかけている私には皆目わからない。 想像するに、2025年の介護危機について、具体的数値を示したことになるけれど、 介護離職は減少するわけでもないし、”ユーコーキュージンバイリツ”がどうのこうのと、見当違い数字を出しているだけにしかみえない。 そこに、チューゴクウィルス騒動が加味されたから、もう滅茶苦茶の大混乱。 混迷は、今後も続くだろう。 不思議な国二ホンのことはよくわからないが、11月の大統領選を控えた米国は比較的オープンだから、これほど私のボケ対策に有効なものはない。 米国トラちゃんのツウィートを見た; >> More Testing, which is a good thin

「不確実性の時代」とガクモン;R2-8-3, Mon、SKR, KRN

半世紀ほど前の記憶がある、 全狂闘によるロックアウトで、麻雀か、あるいは倶楽部活動のいずれかと選択を迫られ、 単細胞の私は後者をとった。(これは正確な記述では無い、なぜならば、私の下宿先には代々のジャン牌、それも象牙と竹製!!があったから、推して知るべし) 倶楽部はユニバーシティ故に複数の学部混成であり、、それぞれどんなテキストを使っているのかが自ずとわかっていた。商学部の先輩には駅前の居酒屋によく連行されて、雑学教授を受けていたが、ひとつ印象に残っているのは、数学の本だった。「Linear algebra」、不思議そうに見つめる私に、たった2年上の先輩は、雲を掴むような話しで後は酒を飲まされていたから わかるわけ無い。 その後、暫くして「不確実性の時代」がベストセラーとなった。 経済学などまるで素人の私でさえ覚えている出来事で、前後する「失われた20年、あるいは30年」と相まって、「経済」の実社会の及ぼす影響は底知れないと再認識した。 http://blog.ricoh.co.jp/RISB/eye_director/post_148.html   複数のサイトから 著者ガルブレイスの考え方について調べてみたが、直ぐわかった。 それは、答えの出るはずの無い「動きの予測」だから、あくまでも1つの仮説、「理論」であり、予想以上の何物でも無いこと。 美の極致といわれる「数学」或いは、幾何学などでも、忘れた頃に『新たな発見』がメディアを騒がせている。過去の常識が次々と否定されてきた、「イガク」においても、とてもガクモンとはいえない議論が繰り返されてきた。 何故なのか、それは、前提とする複数の「固定概念」の間に隙間があるからだろう。超一流の専門家は、頭脳明晰ゆえ”あらゆる”可能性を考慮した上での対策をたてる。いいかげんな私にはできるはずなどない。 しかし、”あらゆる”可能性とは、”全ての可能性”ではない。 ”全ての可能性”には、先の原発事故も、つい先日の豪雨災害も含まれる。 卑近な例では、直面しているコロナ禍関連の諸々もあるだろう。 「不確実性の時代」といったタイトルも気にくわない。 「確実な時代」なんて、あるのだろうか、、 矛盾と誤謬に溢れているのが現実の世界。 大多数が善良な人であろうが、 私みたいにヒネクレタ「不良」もいる。 先の見えない時代だからこそ、余計な雑音、学

ガキの質問から大事なことを学ぶ;R2-8-1 Sat. (SKR)

ヤボ用でSKRにチャリで来ている。 11時過ぎからパソコン立ち上げて、ラジオを聞くと、ありがたや梅雨明けとの報。 ニュースの後は、「夏休みこども科学相談」が モンシロチョウと アオムシコマユバチ が話題となっている 回答者の清水先生に関する情報はーー> https://www.nhk.or.jp/radio/kodomoqmagazine/detail/20181224_01.html アオムシコマユバチについては、--> http://www.big.ous.ac.jp/~nakamura/HTML/tagawa/study/cg.htm